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1月17日の世界の昔話
トラのはじまり
カンボジアの昔話 → カンボジアの国情報
むかしむかし、あるところに、ゆたかで美しい国がありました。
そこには、ひげをはやした王さまと、しなやかなからだつきのおきさきと、それから四人の大臣と、一人の侍従(じじゅう)がいました。
四人の大臣は『国のはしら』と、よばれて、みんなからうやまわれていました。
侍従は王さまのそうだん役として、まつりごとをたすけていました。
王さまはとてもよい人で、国じゅう、どこもかしこも平和でした。
けれども、この国には兵隊が一人もいません。
ですから、もしも敵がせめこんできたなら、国は、とられてしまうでしょう。
そのことを思うと、王さまはとても心配になるのでした。
ある日、王さまはいいことを耳にしました。
インドのタカシラ王国に、たいそうえらい、テサパマカ大師という坊さんが住んでいて、法術(ほうじゅつ)を教えてくれるというのです。
法術とは魔法のような術で、国をおさめるにも身をまもるにも、なんにでもつかうことができるのでした。
「わたしはこの国をまもるために、タカシラ国にでかけていって、法術をおぼえてくるつもりだ」
と、王さまはおきさきにはなしました。
すると、
「そんな遠いところへ、王さまをお一人ではやれません。どうぞ、わたくしもおつれくださいまし」
と、おきさきはたのみました。
「王さま、わたくしもおつれください」
「おねがいです。どうかわたくしも」
と、四人の大臣と侍従もおねがいしました。
「わたくしたちも、法術をならいおぼえてもどりましたら、わが国のために、いっそう役にたつことができましょう」
と、みんなは口ぐちにたのみました。
そこで王さまもしょうちをして、いっしょにつれていくことにしたのです。
こうして、王さまと、おきさきと、侍従と、四人の大臣は、ある朝はやく出発しました。
そして、国を出てから七日目に、王さまたちはタカシラにつきました。
王さまはさっそく、テサパマカ大師をたずねて、
「どうか、わたくしどもをお大師さまの弟子(でし)として、法術をお教えくださいまし」
と、おねがいしました。
みんながたいへんねっしんなので、大師はこころよくひきうけてくれました。
こうして王さまたちは、いろいろの術をならいました。
中でも、『すがたをかえる術』というのは、たいへんむずかしいものでした。
それは、呪文(じゅもん)を百回となえて、自分のすがたをかえてしまう術です。
鳥でも、けものでも、バケモノでも、仙人(せんにん)でもなれるという、便利な術でした。
こうしてみんなは、法術をすっかり学びました。
そこで大師に、なんどもなんどもお礼をいって、国へ帰ることになりました。
さて、タカシラを出発して三日目のことです。
気がついてみると、いつのまにか深いジャングルにまよいこんでいました。
どこをさがしても、出口が見つかりません。
そのうちに、持っていた食べ物もなくなり、みんなは木の実や草の根を食べて、なんとか生きてはいましたが、このままではいつかは、うえ死にしてしまうでしょう。
王さまは心配して、
「もう、食べ物もないし、出口がどこかもわからない。いったい、どうすればよいだろう?」
と、たずねました。
すると、侍従がこたえました。
「わたくしに考えがございます。わたくしどもは、『すがたをかえる術』を学びました。ここで、七人が一ぴきの猛獣(もうじゅう)になってはいかがでしょう。そうすれば、小さなけものをとってたべながら、道をさがしていけます。やがて国へ帰りついたとき、もとのすがたにもどればよろしいかとぞんじます」
これを聞いて、王さまも、おきさきも、四人の大臣も、「なるほど、それはいい考えだ」と、思いました。
そこで、王さまが、
「ではまず、みんなが猛獣のどの部分になるかをきめよう。それからいっしょに、一ぴきの猛獣のすがたにかわろうではないか」
と、いいました。
すると、四人の大臣が、
「わたくしどもは、国のはしらといわれて、たよりにされておりますから、四本のガッチリとした足になりとうございます」
と、いいました。
「わたくしは、王さまをおたすけする役目ですから、猛獣がえものをさがすときのたすけとなる、しっぽになりたいと思います」
と、侍従がいいました。
「おまえは、どうするね?」
と、王さまはおきさきにたずねました。
「わたくしは、そのけもののからだになりましょう。しなやかなからだをしているのは、いいものですわ」
と、おきさきはこたえました。
これで、からだと、足と、しっぽが、きまりました。
たりないのは、頭だけです。
そこで王さまが、頭になることにしました。
こうきまると、七人はいっしょに、呪文を百回となえました。
そして、いままで見たこともない猛獣にかわりました。
その猛獣は、『トラ』という名がつけられました。
その日から『トラ』は、ジャングルの王者となりました。
おなかがすけば、シカでもウサギでも、とらえてたべました。
こうしてみると、ジャングルはごちそうでいっぱいです。
こわいものは、なにひとつありません。
トラはこうして、ジャングルですごしているうちに、いつか、自分の国に帰ることをわすれてしまいました。
そしてずっと、このたのしいジャングルのくらしを、つづけたいと思うようになりました。
もちろん、人間であったことなど、まるっきりわすれてしまいました。
これが、けものの王さま『トラ』のはじまりです。
おしまい