2月16日の百物語
大鐘ばあさんの人魂
静岡県の民話
むかしむかし、遠江の国(とおつとうみ→静岡県)の横須賀(よこすか)というところに、大鐘(おおがね)と呼ばれる大金持ちがいました。
田畑をたくさん持っていて、ご殿の様な屋敷に住んでいます。
何不自由のない幸せな暮らしでしたが、ある時、家の主人が亡くなったあと家族が次々と病気で亡くなり、とうとう主人の母親であるおばあさん一人だけになってしまったのです。
「あの家には、何か、たたりがあるに違いない」
「まあ、あれだけの金持ちだかなら、うらみの一つや二つあるのだろう」
「うっかりしていると、わしらも巻き添えで死ぬかもしれないぞ。もう、あそこの屋敷で働くのはごめんだ」
と、使用人たちが、みんな屋敷を出てしまったので、おばあさんのめんどうを見る人がいなくなってしまいました。
そこでおばあさんは親戚の人たちに手紙を出して、生活を助けてくれる様にと頼みました。
しかし親戚たちは、誰一人来てくれません。
そのうちにおばあさんも病気になって、亡くなってしまいました。
すると、おばあさんが亡くなったとたんに親戚の人たちがやって来て、葬式もすまないうちに、
「あの畑は、おれがもらう」
「この家の倉は、わたしの物よ」
「ならおれは、家畜小屋の家畜を全部もらおう」
と、 この家の土地や財産を全部わけてしまったのです。
親戚たちは財産を手に入れるとすぐに帰ってしまい、おばあさんの墓参りすらしませんでした。
さて、おばあさんが亡くなって、一月ほどが過ぎたある晩の事です。
その日は夏だというのに、梅雨みたいな雨がしょぼしょぼと降り続いていました。
「なんだか、いやな夜だな」
親戚の人が財産として手に入れた田んぼの前を通りかかると、青白い火の玉がふわりふわりと飛んできました。
そして、どこからともなく、おばあさんの声が聞こえてきたのです。
「これは、わしの家の田んぼだ。あれは、わしの家の畑だ」
「うひゃー!」
親戚の人はびっくりして、雨の中を転がる様に家へ逃げ帰りました。
「あれはきっと、おばあさんの人魂(ひとだま)に違いない。わしらが田んぼを取ったのを、恨んでいるのだ」
それから雨の降る晩や月のない晩になると、きまって人魂が飛んできて、おばあさんの声が聞こえるのです。
「これは、わしの家の田んぼだ。あれは、わしの家の畑だ」
財産を横取りした親戚たちは、気が気でありません。
そのうちに青白い人魂は、村人たちの前にも現れる様になりました。
「これは、わしの家の田んぼだ。あれは、わしの家の畑だ」
人魂は声とともに田んぼや畑の上を飛び回りますが、決して人に危害を加える事はなく、ただしばらく飛び回って墓の方に消えていくだけです。
ある日、村人たちは、おもしろい事に気づきました。
人魂が飛ぶのを見たとき、
「大鐘ばあさん、遠い、遠い」
と、言うと、人魂はすーっと近くへ飛んできて、反対に、
「大鐘ばあさん、近い、近い」
と、言うと、遠くへ離れて行くのです。
だから村の子どもたちは、ホタル狩りに行っても人魂が来ないように、
♪ほうほう、ほうたる来い
と、歌いながら、時々、
♪大鐘ばあさん、近い、近い
と、言うそうです。
おしまい