きょうの百物語
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4月12日の百物語

てんじょうを歩く女

天井を歩く女
埼玉県の民話

 むかしむかし、武蔵の国(むさしのくに→埼玉県)に、ある城がありました。
 この城では夜になると、五人の侍たちが城の見回りをして、城中に泊まる事になっていました。

 ある夜の事、一人の侍が急病になったので、四人になった当番の侍たちは見回りをすませると一つの部屋で並んで寝ました。
 しばらくすると、一番奥で寝ていた侍が目を覚ましました。
(今夜は寝付けぬな)
 その侍が、ふと廊下を見ると、廊下にあるあんどんの明りが、ぼんやりとゆれています。
 そしてもう一度眠ろうとすると隣の男が目を覚まして、ふとんの上にあぐらをかきました。
(何をしているのだろう)
  不思議に思いましたが声をかけるのも面倒だし、他の者たちの迷惑になってはいけないと黙っていると、今度はその向こうの男も目を覚まして、同じ様にふとんの上であぐらをかきました。
 あぐらをかいた二人の男はお互いに顔を見合わせましたが、一言も言葉を交わしません。
(おかしいな。二人とも、寝ぼけているのだろうか?)
 一番先に目を覚ました男は眠ったふりをしながら、そう思いました。

 やがて今度は、一番向こうに寝ていた男も起き上がって、同じ様にふとんの上にあぐらをかいたのです。
 三人はお互いに顔を見合わせているのですが、三人とも言葉を交わしません。
(どういう事だ? 三人が三人とも知らぬ顔とは? おれは、夢でも見ているのだろうか? ・・・ややっ!)
 ふと気がつくと、寝たふりをしていた自分もいつの間にか他の三人と同じ様に起き上がって、ふとんの上であぐらをかいていたのです。
(何だ!? 何がどうなっているのだ!?)
 男は叫ぼうとしましたが、声が出ません。
(これは夢ではない! 確かに自分は、起きている。そしておそらく、他の三人も)
 その時、あんどんの明りが激しく燃え上がると、一番先に目を覚ました隣の男が立ち上がりました。
 そして部屋の戸口に出ると、長廊下へのしょうじを静か開いて、そこへきちんと座りました。
 他の男たちも起きた順番に立ち上がると、同じ様に戸口へ出て、きちんとそこに並んで座りました。
 長廊下には、あんどんの明りがいくつも置いてあります。
 あんどんは風もないのに、激しくゆれながら明りを増しました。
 すると、どこからか、
「さら、さら、さら」
と、不気味な音が聞こえてきました。
 それは、着物が廊下をこする音の様です。
 廊下には誰もいませんが、音は廊下の突き当たりの方から、だんだんと大きくなって聞こえてきます。
 部屋の戸口に座っている四人の男は、今度は同時にその音の方へと目を向けました。
 すると天井から、白くて長い布が垂れ下がっているのが見えました。
 いえ、よく見るとそれは女の人で、女の人が白むくの衣を着て、廊下の天井をゆっくりと歩いて来るのです。
 白い衣の女は、一人ではありません。
 後ろには腰元(こしもと→身分の高い女性の身の回りの世話をする人)らしい五人の女が従っていました。
 逆さまに天井を歩いて来る女の不思議な行列は、無言(むごん)のうちに四人の男たちの頭上を通り過ぎて、やがて廊下を曲がっていきました。

 翌朝、いつの間にかふとんで寝ていた四人が、いっせいに目を覚ましました。
 四人は無言で顔を見合すと、恐る恐る声を掛けました。
「なあ、昨日のあれを覚えているか?」
「・・・ああ、夢かと思っていたが、やはり現実だったのか?」
「分からぬが、同じ夢を四人が同時に見るはずがない」
「そうだな。・・・ところで、この事を殿に報告すべきだろうか?」
「ふむ、・・・」
 四人がそんな話をしている時、突然、城中があわただしくなり、こんな報告が四人に届きました。
 お城で城主の奥方が突然亡くなり、五人の腰元がお供をしてあの世へ旅立ったと。

おしまい

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