4月22日の百物語
水グモの糸
静岡県の民話
むかしむかし、ある山里に、釣りの名人がいました。
ある日の事、男が山奥の川で釣り糸を流していると、一匹の小さなクモが川からあがってきました。
そして男のわらじに糸をかけると、川に戻っていきました。
そのクモがまた水からあがって来たかと思うと、再び男のわらじに糸をかけます。
こんな事が何十回も繰り返されるうちに、目に見えないほど細かった糸もだんだん太くなっていきます。
(おかしな事をするクモもいるもんだ)
男は最初、クモがする事を気にもとめていませんでしたが、やがてクモの糸がロウソクしん程の太さになると、男も気味が悪くなってきました。
男は、ふと思いました。
(おれの魚の釣り方は、魚が気にもしないところに糸をたらしておいて、川の流れに乗せてだんだんと糸を魚に近づける。
そしてこのクモは、おれが気にもしない細い糸をかけて、それをだんだん太くしていく。
まさか、このおれを釣ろうとしているのか?
・・・いや、まさかな )
それでも念の為に、男はクモが水に戻ったすきにクモのかけた糸をわらじからはずして、すぐわきの大きな木の根にかけておきました。
すると、どうでしょう。
やがて川の中の何かが、その糸をグイグイと引っ張り始めたのです。
(やはり、おれを釣ろうとしていたのか?
・・・いや、たかがクモの糸ではないか。
すぐに、プツンと切れてしまうに違いない」
ところが木の根からミシミシッと音がしたかと思うと、木がズッ、ズズズッーと動き出したではありませんか。
そしてクモの糸は大木を根こそぎ倒してしまうと、とうとう川に引き込んでしまったのです。
「・・・・・・」
男は恐ろしくて、声も出ません。
たかがクモの糸と思ってわらじにかけられた糸をそのままにしていたら、今頃は自分が川に引き込まれていたでしょう。
そう思った男が川をのぞこうとすると、先ほどまでの小さなクモが人間よりも大きな姿で川から現われました。
「ヒェー! 化け物だー!」
恐ろしい化け物グモは、男にシューッと白い糸を吹きかけました。
男はあやうく体をかわして白い糸から逃れると、一目散に村へ逃げ帰ったという事です。
おしまい