6月11日の百物語
鬼の住むほら穴
むかしむかし、山深い谷の中ほどにあるほら穴に、四匹の鬼が住んでいました。
鬼は村へおりてきては田畑を荒らし、時には女子どもをさらっていくのです。
ある日、この鬼の話を聞いた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)という武将が、大勢の家来を連れてやって来ました。
田村麻呂(たむらまろ)の鬼退治の名人で、どんなに強い鬼でも必ずやっつけてしまうのです。
田村麻呂の一行は村人たちの案内で、鬼の住むほら穴を目指しました。
その山道の途中で、村人たちが言いました。
「この先の谷に、鬼がいるそうです。しかし恐ろしいので、村人でそこへ行った者はいません」
「そうか、ではここからは、我々だけで行こう」
田村麻呂は馬をとめると、家来たちに武器の手入れを命じました。
家来たちは弓のつるを張り直したり、よろいやかぶとで身をかためました。
それから田村麻呂を先頭に、どんどん先へ進むと、谷の上に突き出た大きな岩の上で、鬼がのんびりと日なたぼっこをしていました。
「みんな、見つからぬ様に、身をかがめるのだ」
田村麻呂は馬からおりて身をかがめましたが、目の良い鬼はすぐに気づいて、あわてて立ち上がりました。
「やや、おかしな連中が来るぞ。さてはわしらを、やっつけようというのだな」
一匹の鬼が言うと、親分らしい鬼が大声を張り上げました。
「人間の分際で、わしらをやっつけようとは片腹痛いわ」
すると田村麻呂も、負けずに言い返しました。
「田畑を荒らすだけならともかく、女子どもをさらうとは許せん! 必ずしとめてくれるわ!」
田村麻呂の合図で、家来たちが次々と矢を射掛けます。
「ふん、こしゃくな」
鬼は鉄棒を振り回して飛んで来る矢を叩き落としますが、さすがは田村麻呂の家来、どの矢も鋭くうなりをあげて飛んで行き、鉄棒をすり抜けて鬼の体へと突き刺さりました。
「げっ! 何という手練 れだ。これはまずい」
鬼はびっくりして、その場から逃げ出そうとしました。
「それっ! 逃がすなー!」
田村麻呂は自慢の長い刀を引き抜くと、すばやく岩の上へ駆け上って鬼の親分に切り付けました。
「ギャオオオオーーーーー!」
刀で切り飛ばされた鬼の親分の首が、空高くはねあがりました。
しかし、さすがは鬼の親分。
空高くはねあがった鬼の親分の首は空中でくるりと向きを変えると、恐ろしい顔で田村麻呂めがけて飛びついて来ました。
ですが田村麻呂が素早く身をかわしたので、鬼の首は近くの木の根元に噛み付き、最後の力で木の根元を噛み砕くと、そのまま動かなくなりました。
そして残った三匹の鬼も家来たちによって切り倒され、ついに四匹の鬼退治がされたのです。
その時、ほら穴の奥から人のすすり泣く声が聞こえてきました。
家来たちがほら穴に駆け込んでみると、一人の女の子がフジ(→マメ科のつる草の総称)のつるで体をしばられたまま泣いていました。
わけを聞くと、二日前に鬼にさらわれて来たそうです。
しかし、それより前にさらわれた女子どもは、すでに鬼に食べられてしまった後なのか、どこを探してもいませんでした。
こうして田村麻呂のおかげで鬼はいなくなり、村人たちは安心して暮らせる様になったのです。
おしまい