10月9日の百物語
死骸を取る魍魎(もうりょう)
東京都の民話
むかしむかし、江戸(えど→東京都)の侍(さむらい)が仕事でよその国へ行く時、一人の男を召使いとしてやといました。
その男が実によく気のつく男で、どんな用事を言いつけても、てきぱきと片付けてくれるのです。
侍はこの男が気に入って、いつか正式な家来にしたいと思っていました。
旅の途中で、美濃の国(みのうのくに→岐阜県)のある宿に泊まった時の事です。
真夜中頃に、召使いの男が眠っている侍の枕元にやって来て言いました。
「旦那さま、旦那さま」
「うん、どうした?」
「まことに申しわけありませんが、もう仕事が出来なくなりました。旅の途中ではありますが、このままおいとましたいと思います」
「なんだと!」
侍はあわてて飛び起きると、男につめよりました。
「なぜだ? 何か気に入らない事でもあったのか? もしそうなら」
「いいえ、そんな事はありません。
実はわたしは人間でなく、魍魎(もうりょう)と呼ばれるものです。
わたしたちはなくなったばかりの人の死骸(しがい)を取ってくる事になっていて、わたしにも順番が回ってきました。
この宿から一里(いちり→約4キロメートル)ほど行ったところにある、お百姓(ひゃくしょう)さんの母親がなくなり、その死骸を取る事になったのです」
侍は驚いて男の顔を見ましたが、どう見ても人間で、妖怪とは思えません。
「魍魎なら黙って姿を消せばいいものを、なんだってわざわざ断るのだ?」
「はい、そうしようかとも思ったのですが、旦那さまによくしていただいたので、黙って立ち去るのもどうかと考え、正直に事情を申し上げました。では、失礼します」
男はそう言うと、なごりおしそうに部屋を出て行きました。
翌朝、侍が起きてみると、どこへ消えたのか男の姿はありません。
(ゆうべの出来事は夢でなく、やはり本当の事であったか)
そこで宿の人に訳を話して、一里ほど行ったところにある村の様子を調べてもらいました。
夕方になると、様子を見に行っていた宿の人が戻って来て言いました。
「おっしゃる通り、村は大変な騒ぎでした。
今日、その母親の葬式(そうしき)をしたところ、野辺送り(のべおくり→死者をお墓まで送っていく事)の途中で急に黒雲が立ちのぼって空をおおい、気がついたら棺桶(かんおけ)の中の死骸がなくなっていたそうです」
「・・・そうか。いや、ご苦労だった」
侍は仕方なく、一人で旅を続けました。
おしまい