2月16日の日本民話
牛に引かれて、善光寺参り
長野県の民話
むかしむかし、布引山(ぬのびきやま)という山のふもとのある村に、とてもケチなおばあさんが住んでいました。
おばあさんは、いつも一人ぼっちでしたが、それをさびしいと思った事は一度もありません。
(誰かと仲良くしたら、お茶やお菓子を出して、わしが損をする。それに家にあげれば、部屋が汚れる。だから一人がいい)
さて、今日は村の近くの善光寺(ぜんこうじ)というお寺で、お祭りがある日です。
おばあさんが庭で白い布を干していると、お祭りへ行く村人たちが声をかけて来ました。
「おばあさん、今日は善光寺へ行く日よ」
「ねえ、みんなとお参りしましょう」
でもおばあさんは返事もしないで、白い布を干し続けていました。
「やれやれ、やっぱり駄目か」
村人たちは誘うのをあきらめて、行ってしまいました。
その後ろ姿を見ながら、おばあさんは言いました。
「寺に行って金を使うなんて、もったいないねえ。それにわたしゃあ、神も仏も大嫌いさ。おがんだところで、腹いっぱいになるわけじゃなし、お布施(ふせ)をとられて大損だよ」
するとそのとき、どこから来たのか、おばあさんの目の前に大きな牛が現れたのです。
「うひゃーっ!」
おばあさんがびっくりして声を上げると、その声に驚いた牛が、おばあさんの干していた白い布を角にひっかけて、かけ出しました。
「ああ、こら、待て!」
おばあさんは、牛を追いかけます。
牛は白い布を角にひっかけたまま、どんどん走って行きます。
その早いこと、菜の花畑をかけぬけて、桜林をかけぬけて、まるで風のように走ります。
そして牛は善光寺まで来ると、門をくぐって境内へ走り込みました。
その後を、おばあさんも叫びながら走り込みました。
「こらー! 牛ー! わたしの布を返せー!」
ところが不思議なことに、牛の姿が突然消えてしまったのです。
「ああ、わたしの布が・・・」
がっかりしたおばあさんは、その場へ座り込みました。
もう疲れ切って、へとへとです。
するとどこからか、やさしい声が聞こえて来ました。
それは、お経を唱える声です。
その声は、おばあさんをやさしく包み込みました。
それはまるで、春の光が体の奥からゆっくりと広がって行くようです。
「おや、こんなにいい気持ちは初めてだ。心があたたかいよ」
おばあさんは、目を閉じました。
するとおばあさんの目から、涙がどんどんあふれました。
その涙は、おばあさんの心をきれいにしていくようでした。
やがて、お経が終わる頃には涙も止まり、おばあさんの心はすっきりと晴れていました。
おばあさんは、生まれて初めて手を合わせました。
「きっと仏さまが、わしをここへ連れて来てくださったんじゃ」
それからというもの、おばあさんは村人たちに、やさしくするように努めました。
出来る手伝いがあれば、自分から進んで手を貸しました。
そうすればするほど、心があたたかくなるのをおばあさんは知ったのです。
おばあさんは、もう一人ぼっちではありません。
いつも村人たちに囲まれる、心やさしいおばあさんになったのです。
さて、そのことがあってから、布引山には白いすじが見られるようになりました。
それは、おばあさんの白い布をひっかけて走って行った牛が、白い布を山に残して、それがそのまま白い岩になったのだと言われています。
おしまい
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