2010年 6月11日の新作昔話
赤ちゃんの見分け方
大岡越前の名裁き
「おんぎゃー!」
「オンギャー!」
むかし、嫁と姑が同時に赤ん坊を産みました。
そして産婆さんが二人の赤ん坊を産湯につからせている間に、どっちが嫁の子どもで、どっちが姑の子どもか分からなくなってしまったのです。
赤ん坊は男の子と女の子だったので、嫁も姑も、
「男の子が、自分の子よ」
「何をいう、わたしが産んだのは、男の子だ」
と、言ってゆずりません。
そこで名奉行と名高い大岡越前守のところへ相談に行ったのですが、さすがの越前もこれはすぐに裁けません。
「うむ。・・・必ず裁きを付けてやるから、三日待て」
越前は時間稼ぎにそう言ったのですが、一日過ぎても、二日過ぎても、まったく分かりません。
「うーむ。困ったわい。嫁と姑の子だから、赤ん坊の顔も似ているし」
越前が頭を悩ませながら散歩していると、ちょうど子どもたちが川辺で大岡越前ごっこをしていました。
越前が聞き耳を立てていると、子どもの一人が尋ねます。
「越前さま。ひとつ、ふたつ、みっつと、数を数えてゆくと、とうだけ『つ』 がないのは、どういう事でございましょうか?」
「ふむふむ、実は『とう』にも、『つ』がついているのだ。それも二つな。とうの『う』の上の点は、小さな『つ』が変化した物なのじゃ」
「ははーっ、さすがはお奉行さま、名裁きでございます」
「うむ。これにて、一件落着!」
聞いていた越前は、子どものとんちに感心しました。
(なるほど。物は考えようだな。覚えておこう)
そしてさらに、子どもたちの裁きは続きます。
「うむ。では次の者、訴えを申し述べよ」
「はい。この者たちは嫁と姑でございます。同じ日に男女の赤子を生み落としましたが、産婆の手違いでどちらがどちらの子か、わからなくなってしまいました。互いに男の子を我が子と言ってゆずりませぬ。どうかお裁きを」
これを聞いた越前は、びっくりです。
そこで、ますます聞き耳を立てて聞いてみると、
「あいわかった。なれば同じ形の椀を二つ用意し、嫁姑ともどもこの椀に乳汁を絞り出すがよい。これを秤り比べて重い方を男の子の母とせよ。何しろ、男の子は乳をよく飲む。だから男の子を産んだ方が乳の出が良いのは当然であろう」
これを聞いた越前は、さっそく奉行所にもどると、嫁姑を呼んで乳汁を計らせました。
すると姑の方の乳汁の方が、かなり多かったのです。
「うむ。姑の方が乳の出が良いようだな。赤ん坊というのは、女よりも男の方がよく乳を飲む。ということは、姑の赤ん坊が男の子であろう」
越前の言葉に、嫁が反論しました。
「しかしお奉行さま。わたしは始めて子を産みました。何人もの子を育ててきた姑より、わたしの乳の出が悪いのは当然でございます。男の子は、わたしの子でございます」
すると越前は、ちょっと気まずそうに答えました。
「うむ、ではもう一つの証拠を見せよう。赤ん坊を調べた時、女の赤ん坊の右胸にはあざがあった。そして、不正が無いようにお前たちが乳をしぼるところを見たが、お主の右胸にも同じ様なあざがあったな。親のあざが子どもにうつるという保証はないが、これは偶然とは思えぬ。赤ん坊は母親とのつながりが欲しくて、母親と同じ様なあざを持って生まれたのかもしれぬぞ」
それを聞いた嫁は、大粒の涙をポロポロとこぼして女の子の赤ちゃんを抱きしめました。
「はい。実はわたしの子は、この女の子でございます」
嫁は、実は自分の子どもが女の子であるのを知っていたのですが、夫が強く男の子を希望していたので、つい、嘘をついてしまった事を白状したのです。
「うむ。その気持ちは分からぬでもないが、お前はまだ若い。これから男の子を産むことも出来るだろう。それにな、むかしから「一姫二太郎」と言って、最初の子育ては女の子の方が良いと言うぞ。今回は罪を問わぬゆえ、早く家に帰って赤ん坊の面倒を見てやるといい」
「はい。ありがとうございました」
嫁も姑も、越前に深々と頭を下げました。
「うむ。これにて、一件落着!」
その一年後、嫁は二人目の赤ん坊に、元気な男の子を産んだのでした。
おしまい
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