2011年 5月20日の新作昔話
焼けただれた小ヒツジ
アイルランドの昔話
むかし、アイルランドに下水道がなかった頃のお話です。
その頃の人々は洗い物などに使った汚い水を、家の窓から家の外に投げ捨てていました。
そして投げ捨てるときに、
「水に注意しろ!」
と、叫んでから、汚い水を投げ捨てるのです。
これはもちろん、投げ捨てた水が人にかからないようにする為ですが、実は人以外にも、辺りをうろついている亡霊たちに水をかけないようにする為だと言われています。
この当時は亡霊たちに水をかけると、かけた人は必ず不幸になると言われていました。
ある暗い夜の事、女の人が煮え湯を道に投げ捨てようとしました。
本当なら『水に注意しろ!』と、言わなくてはいけないのですが、夜遅くで人の気配がなかったために、女の人は何も言わずに煮え湯を投げ捨てたのです。
すると、暗やみから、
「ギャーーー!」
と、いう叫び声がして、誰かが苦しんでいるようなうめき声がしました。
「大変!」
女の人はあわてて外へ出ましたが、でもそこには誰もいなくて、さっきの煮え湯が水たまりになって湯気をあげていました。
「変ねえ? 気のせいかしら?」
女の人は首を傾げながら、家に帰っていきました。
その次の日の夜の事、誰かが家の扉を叩きました。
トントン、トントン
「あら? こんな夜更けに、誰かしら?」
女の人が扉を開けてみると、そこには何と、背中が赤く焼けただれた子ヒツジが立っていたのです。
子ヒツジはよろよろと家の中に入って来ると、暖炉の前でばったりと倒れて死んでしまいました。
(これはきっと、煮え湯で火傷をした亡霊が、ヒツジの姿で現れてきたのだわ!)
そう思った女の人は、子ヒツジをていねいに葬ってやりました。
けれども次の夜も、その次の夜も、火傷をした子ヒツジが現れて、苦しみながら死んでいくのです。
怖くなった女の人は町の人々に相談して、都から司祭さまを呼んでお祈りをしてもらいました。
するとお祈りが神さまに届いたのか、その日から子ヒツジが現れる事はなかったそうです。
おしまい
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