2011年 12月12日の新作昔話
ほら吹き男爵 月面世界の食事
ビュルガーの童話
わがはいは、ミュンヒハウゼン男爵(だんしゃく)。
みんなからは、『ほらふき男爵』とよばれておる。
今日も、月世界での話を聞かせてやろう。
さて、わがはいが月世界に行って、月世界の王さまに三日三晩、得意の冒険談を聞かせた後の事だ。
わがはいは、眠気と空腹でふらふらになった。
まあ、眠いのは何とか我慢するとしても、お腹の空いたのはこらえようがない。
何しろ三日三晩、一杯の水も飲まずにしゃべったのだから。
しかも相手は、十メートルの王さまだ。
普通の声では届かないから、ありったけの声でしゃべる。
すると声の大きさに比例して、お腹の減り具合も大きいわけだ。
「もう、だめだ」
ついにわがはいも力尽きて、ぶっ倒れそうになったとき、
「男爵さま、お食事が出来ました」
と、家来が迎えに来てくれたのだ。
さっそく食堂に出かけると、テーブルの上にはプールの様に大きなお皿があって、ごちそうが天井に届かんばかりに山盛りになっていたのだ。
野菜を主にした料理だったが、大根やアスパラガス、きのこなどはなかった。
あとで聞いたところによると、これらは戦争の武器にしなければならないからだ。
それはさておき、テーブルにイスが見あたらないので、ボーイに、
「きみ、イスはないかね?」
と、言うと、
「えっ? イスなんて、何に使うのです?」
と、けげんな顔をするではないか。
「とぼけちゃいけないよ。それともこの月世界では、立ったままで食事をするのかね?」
「はい、その通りです。月世界では、どんな偉い人でも食事は立ってするのです」
そしてさらに、ボーイは言った。
「さあどうぞ、シャツのボタンをはずして、お腹を出してください」
「はあ? 何のためにだ? わがはいたちは、お腹を診察してもらいにきたのではないぞ」
「それは、わかっています。でも」
ボーイが困りきった顔をしたとたん、どやどやと、ほかの家来たちも食事にやってきた。
そして、
「やあ、今日は、すごいごちそうだな」
「どれ、いただくか」
と、言ったと思ったら、シャツのボタンをはずして、お腹を出した。
そして、それからが大変だった。
大男たちのお腹にはファスナーがついていて、大男たちはそれを引っ張ると、二つに割れたお腹の中にごちそうを手づかみにして放り込みながら、
「ああ、うまい、うまい」
と、言うではないか。
これには、地球で数々の食事の風習を見てきたわがはいも、開いた口がふさがらなかった。
わがはいは行った先の習慣に従う主義であるが、これだけはさすがに真似が出来ない。
そこで仕方なく料理を手づかみにして口へ放り込むと、これを見た月世界の大男たちは、
「ひゃーっ!」
と、飛び上がった。
「口から物を食べるなんて、始めて見た」
「よく、そんな事が出来るものだ」
大男たちは気味悪そうに、あわてて食堂から飛び出していった。
なんでも月世界の住民たちにとって口は声を出すための物で、物を食べるためのものではないらしい。
地球人から見れば、音を聞く耳で、食事をしているような物だそうだ。
たしかに、それは気味悪いだろう。
そしてこれも、あとから王さまに聞いた事だが、月世界の住民は、一度お腹に料理を詰め込めば、一ヶ月は何も食べなくてすむそうだ。
つまり、年に十二回食べればいいわけだ。
お腹に料理をじかに入れれば歯を悪くしないですむし、むだな食事の時間もはぶける、こんないい事はなかろうと王さまはいばっていた。
うーむ、それはそうかもしれないが、それでは食事を楽しむ事が出来ない。
わがはいは、自分が地球人でよかったと、つくづく思った。
今日の教訓は、『文化が違えば、食事のマナーも違う』だ。
食事の食べ方は国によってさまざまで、われわれの様にスプーンやフォークで食べる国、手で食べる国、二本の棒で食べる国などさまざまだ。
さすがに、お腹のファスナーは非常識だが。
では、この月世界話の続きは、また今度してやろうな。
おしまい
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