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第 57話

さかな売りとキツネ

さかな売りとキツネ
東京都の民話東京都情報

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 むかしむかし、小松川の近くにある篠崎村というところに一匹のキツネがいて、よく人をだましたそうです。
 ある夏の朝早く。
「きょうは、いい天気になるぞ」
 塩ざかなの荷をかついだ、一人のさかな売りが、せっせと田舎道を歩いていました。
 となり村へいく途中で、ちょうど山道にさしかかると、
「こりゃ、なんじゃ?」
 さかな売りはびっくりして、足をとめました。
 なんと大きな白いキツネが、道ばたで四本の足をのばして、ゆうゆうと寝ているのです。
(うまいところを見つけたわ。こいつじゃな、いつもいつも、おれのさかなをぬすみおったやつは。・・・よしっ)
 さかな売りは、寝ているキツネのそばへ忍び寄ると、いきなり、
「このやろうっ!」
と、どなりつけて、キツネの足をふんづけてやったのです。
「キャン、キャーン!」
 びっくりしたキツネは、あわてて山の方へ逃げていきました。
「ははーん。ざまあみろ」
 さかな売りは、ふだんのうらみをはらしたと、ご機嫌に歩いていきます。
 すると、いままであれほど晴れていた空がにわかにくもって、雨までふってきました。
 雨はだんだん激しくなって、さかな売りはびしょぬれです。
「これは、えらいこっちゃ。これでは腹巻までびしょぬれじゃ。そうだ、あのいつもの家で、ひとまず休ませてもらおう」
 さかな売りはいつも休ませてもらう、なじみの家をめがけて急ぎました。
 あたりは暗くなってきて、
 ゴーン!
 ゴーン!
と、日暮れの鐘がなっています。
 ずぶぬれになったさかな売りが、やっとのことで知りあいの家にたどりつくと、中から戸が開いて、
「やあ、さかな屋さんかね」
と、出てきた家の主人とぶつかりました。
 見ると主人は、棺桶(かんおけ)をかついでいます。
「実はいましがた女房に死なれてな、棺桶をはこび出すところじゃ。お前さん、ずいぶんぬれていなさるが、まあ、留守をしながらゆっくり休んでいきなされ」
 主人はそう言い残すと、とっとと出かけてしまいました。
 たった一人で残されたさかな売りは、いろりばたにすわって、着物をかわかしていました。
 ところがすーっと、背中をなでるように冷たい風がふいてきました。
 思わずふり返ると、女が後ろに立っています。
 それはいましがた死んだという、この家の女房です。
「ゆっ、幽霊!」
 さかな屋は、がたがたふるえながら、
「なんまいだ、なんまいだ」
と、となえていると、幽霊は、いきなり飛びかかって、さかな屋の腕に、がぶりと食らいつきました。
「うひゃー! 助けてくれー!」
 さかな屋は逃げ出そうとしましたが、幽霊は素早くて逃げるに逃げられません。
 ちょうどこのとき、村の百姓たちが畑に出ていました。
 ひょいと見ると、むこうの土手を一人の男が、転げ落ちたり登ったりしています。
「あの男、一体何をしておるんじゃ?」
「まるで、何かから逃げるように身をもがいておるな」
「おや? あれは、さかな売りじゃねえか?」
 百姓たちがさかな売りをとりおさえてみると、さかな売りは体中が血だらけです。
 百姓たちはさかな売りを井戸までかついでいって、頭から水をかけてやると、
「ありゃ? ここはどこだ? 幽霊は?」
 さかな売りは、やっとのことで正気にかえりました。
「おい、一体何があったのだ?」
 みんなから、わけを聞かれて、
「いや。どうしたもこうしたもないわ。ただ、にわか雨に打たれてたもんで、おれは、むちゅうで」
「はて? きょうは雨など、ちっとも降らんぞ。朝からこの通りのいい天気じゃ」
「なるほど。たしかに、どこにもぬれたあとがない。すると、あの主人の女房は・・・」
と、思い出し、何もかも話すと、
「そうか、お前さん、それはキツネに悪さをしたせいじゃ。まあまあ。命びろいをしてよかった、よかった」
 百姓たちは、あずきごはんをたいて、あぶらあげをそえて、さかな売りのためにキツネが寝ていた場所にそなえたということです。

おしまい

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