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第 80話
弥藤次荒神(やとうじこうじん)
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むかし、江戸時代末頃、出石藩(いずしはん→兵庫県北部)に弥藤次(やとうじ)という怪力の男がいました。
話によると小指程の太さの長い鉄火ばしを両手に持って、わら縄をなう様に結ぶ事が出来たそうです。
そんな怪力男ですから城でも重宝がられて、参勤交代の行列の時などは行列の先頭に立って先払いをしたそうです。
当時、江戸までの道筋には乱暴なならず者が多かったので、弥藤次にはもってこいの仕事でした。
ところがある日の事、弥藤次に恨みを持つ者から覚えのない罪をきせられて、打ち首という重罪を申し渡されたのです。
その日は朝からどんよりとした、とても気味の悪い天気でした。
後ろ手に縛られた弥藤次に、役人が尋ねました。
「最後の望みはないのか? 食いたい物があれば、用意してやるぞ」
「何も望みはありませぬ。ただ、この世の名残りに、出石川(いずしがわ)の水を飲ませていただきたい」
「そうか、なら望みを叶えてやろう」
役人は、弥藤次を川辺へと連れて行きました。
弥藤次は後ろ手に縛られたまま、はいつくばって水面に顔を近づけると、
ザブン!
と、川の中に飛び込んだのです。
「逃げた! 弥藤次が逃げたぞ!」
役人たちは慌てて弥藤次を探しましたが、どうしても見つける事が出来ませんでした。
一方、弥藤次は後ろ手に縛られたまま、千メートルも先にある水門まで無事に逃げ切ったのです。
「はあ、はあ。ここまで来れば、もう大丈夫だろう。無実の罪で死んでたまるか」
ところが運の悪い事に、たまたま近くにいた老婆に見つかってしまったのです。
「頼む。おれは無実なんだ! どうかこのまま見逃してくれ!」
弥藤次は必死で頼みましたが、老婆はすぐに弥藤次の事を役人に知らせました。
そして弥藤次は、駆けつけた役人に橋の上から槍で突かれて死んでしまったのです。
それからというもの、あの老婆の住む村には良くない事が次々と起こりました。
みんなは弥藤次のたたりと恐れて、村に小さな祠が建てました。
それが今も出石川(いずしがわ)の中流の床尾(とこお)のふもとを下ったあたりにある、弥藤次荒神(やとうじこうじん)という祠だそうです。
おしまい
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