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百物語 第三十五話
しっぺ太郎
むかしむかし、ひとりの旅のお坊さんが、ある村をとおりかかりました。
みれば、田うえどきだというのに、だれひとり、田ではたらいているものがおりません。
ふしぎにおもっていると、その村の庄屋(しょうや)さんの家の前に、おおぜいの村人たちが集まって、なにやらヒソヒソはなしあっています。
「はて、なんじゃろ?」
お坊さんが近づいてみると、家のなかからなき声がきこえてきます。
「なあ、なあ。このうちの人は、どうしてないていなさる」
そばにいった年よりにきいてみました。
「これはこれは、旅の坊さま。じつはけさがた、庄屋さまの家に、白羽(しらは)の矢がたっておったんです」
よくきいてみると、この村では、まい年田うえどきに、十五才になるむすめのいる家へ、白羽の矢がたつのです。
白羽のたった家のむすめは、秋祭りのばんに、氏神(うじがみ→土地に住む神さま)さまへ人身ごくう(ひとみごくう→人間をいけにえにすること)としてさしだすことになっているのです。
もし、さしださないと、つぎの年は大風がふいて、村じゅうの作物が、みんなふきとばされてしまうというのです。
「なんてことだ。氏神さまといえば、村のなんぎをすくうものときまっておるのに。これは、氏神さまの名をかたる、悪いばけものにちがいない。こんばんひとつ、のぞいてみよう」
そのばん、お坊さんは氏神さまをまつってある山へのぼっていきました。
そして、とりいのかげにそっと身をかくして、夜のふけるのをまちました。
やがて真夜中になって、生ぐさい風がふいてきました。
お坊さんが首をすくめて、息を殺していると、いきなり黒いものがお堂の前にうかびあがりました。
「あ、いったいなんじゃ?」
お坊さんが目をこらしてながめていると、その黒いばけものが、うすきみ悪い声でうたいながら、おどりだしたのです。
♪でんずくばんずく、すってんてん。
♪このことばかりは、知らせんな。
♪丹波の国へ、知らせんな。
♪しっぺえ太郎さ、知らせんな。
お坊さんは、その場にうずくまったまま、こおりついたように動けなくなってしまいました。
ふと気がつくと、あたりは明けてきて、ばけもののすがたは、もうどこにもありません。
お坊さんは、ハーッと息をついて、
「はて、あのばけものは、しっぺえ太郎に知らせんなというとるが。こりゃあ、丹波(たんば→京都と兵庫のさかい)の国へいって、しっぺえ太郎をさがしてこねばなるまい」
そうおもうと、ころげるようにして村へかけもどり、庄屋さんの家へいきました。
「ええか、秋の祭りまでには、しっぺえ太郎どんをつれてもどるから、気を落とさんでまっておれ」
お坊さんは、そういいのこして、丹波の国へ旅だったのです。
やがて丹波の国へたどりつくと、
「もし、すまんがの、しっぺえ太郎というお人を知らんかな?」
お坊さんは、あっちの村、こっちの町と、足をぼうにしてさがし歩きましたが、きく人きく人、みんな首を横にふるばかりです。
そのうちに、ときはどんどんすぎて、あすはいよいよ秋祭り。
「ああ、これだけさがしても、みつからんとは」
かたをガックリ落として、お坊さんが道ばたにすわりこんでいると、むこうのほうから、ウシみたいに大きな黒犬が、のっそりのっそりやってきました。
そのすぐあとから、お寺の小坊主がやってきて、
「しっぺえ太郎。しっぺえ太郎。はようもどってこい」
お坊さんはとびあがりました。
「しっぺえ太郎とは、イヌだったのか」
小坊主にきいてみると、お寺さんのイヌだといいます。
さっそくお坊さんは、そのお寺さんにかけこんで、和尚(おしょう)さんにたのみこみました。
「これこれこういうわけだから、どうか、しっぺえ太郎をかしてくだされ」
「ええとも、ええとも。なら、いそがんとまにあわん。しっぺえ太郎にのっていきなされ」
和尚さんはしっぺえ太郎をよんで、お坊さんをのせてくれました。
するとしっぺえ太郎は、風のように走りだします。
野をこえ、山をこえ、夜をてっして走りつづけ、やがて朝日がのぼり、そのお日さまが西の山へしずむころになって、しっぺえ太郎にのったお坊さんは村へかえりつきました。
庄屋さんの家では、なんのたよりもないお坊さんのことは、すっかりあきらめていました。
なくなく、むすめに白むくの着物をきせ、白おびに白たびをはかせ、家の前には、白木(しらき)の長持(ながもち→衣服・調度などを入れて保管したり運搬したりする、長方形でふたのある大形の箱)をととのえていました。
そこへお坊さんが、ウシのように大きな黒犬にのってもどってきたので、村人たちはビックリしながらあつまりました。
「さあ、みなのしゅう。もう安心じゃ。この黒犬が、丹波の国のしっぺえ太郎じゃ」
お坊さんが、声をはりあげていいました。
すると、むすめが入るばかりになっていた長持のなかへ、しっぺえ太郎が入っていきました。
「こりゃ、しっぺえ太郎が身がわりじゃ」
村人たちは、その長持をかつぎあげ、ドンガラドンガラ、かねやたいこをうちならし、あかあかとちょうちんをかかげながら、山の氏神さまへのぼっていきました。
氏神さまへつくと、村人たちはお堂の前に長持をおろして、われさきにとにげかえっていきます。
お坊さんひとりが、とりいのかげにかくれて、
「ばけもの、今にみておれ」
と、今か今かとまっていました。
しばらくして、あたりの木のえだが、わさわさとさわぎはじめ、生ぐさい風がふいたと、おもうまもなく、あの黒いばけものがとびだしてきました。
♪でんずくばんずく、すってんてん。
♪このことばかりは、知らせんな。
♪丹波の国へ、知らせんな。
♪しっぺえ太郎さ、知らせんな。
ばけものはとびはねるようにして、長持のまわりをおどります。
そうして、ひとしきりおどると、長持のふたへ手をかけました。
「今だ、しっぺえ太郎!」
お坊さんがそう言うと、長持のふたがバン!と、はねとんで、なかからしっぺえ太郎がとびだしました。
しっぺえ太郎とばけものが、ひとつにからみあって、ころげまわり、ウオンウオンと、うなり声があげます。
そのうなり声は、ひとばんじゅうつづき、村のすみずみまできこえて、人びとはブルブルとふるえあがっていました。
やがて一番どりがないて、東の空が明るくなってくると、あれだけのさわぎもピタリとおさまりました。
村の人たちは、おっかなおっかな、山の氏神さまへのぼっていきます。
きてみれば、お堂の前に年をとった大ザルが、のどをかみきられて死んでいました。
そのそばに、きずだらけになったしっぺえ太郎が、息をあらげて横たわっています。
お坊さんも、気がぬけたように、とりいのかげにすわりこんでいます。
「ああ、ありがてえ、ありがてえ」
庄屋さんと村の人たちは大よろこびして、しっぺえ太郎とお坊さんを村へつれかえりました。
そして、手あつく手あてをして、
「この村のおん人じゃ。どうぞ、いつまでもこの村へとどまってくだされ」
そうねがいでましたが、お坊さんもしっぺえ太郎も、元気をとりもどすと、丹波の国のお寺さんへもどっていったのです。
おしまい
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