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百物語 第五十二話
山姥の顔をしたかんぴょう
むかしむかし、ほら穴のたくさんある谷がありました。
そのほら穴のひとつに、いつのころからか山姥(やまんば→詳細)が住みつくようになりました。
ある日、その山姥が人間のおばあさんに姿を変えて、機織り(はたおり→布を作る仕事)の家へやってきました。
「わしは、若いころから糸をつむいできたので、ここで仕事をさせてくれ。金もいらんし、ご飯も食べないから」
おかしなことをいうおばあさんだと思いましたが、ただで働くと聞いて、主人は喜んでおばあさんを働かせることにしました。
おばあさんは、毎朝きめられた時間にやってきて、夕方まで糸車をまわして糸をつむぎます。
ところが、一日じゅう仕事をしているのに、何日たっても糸まきの太さが変わりません。
ふしぎに思った主人が、そっとようすを見てみると、糸車をまわしながら、あくびばかりしています。
そのときの口の大きさといったら、ふつうの人間の十倍もあるのです。
(さてはあのばあさん、人間じゃないな。よし、わしが正体をあばいてやる)
そこで次の日、火鉢(ひばち)の中に小石を入れ、おばあさんがあくびをするのを待っていました。
仕事場に主人がいるので、おばあさんはめずらしくあくびをしません。
(さては、気づかれたかな?)
主人はわざと横をむき、なにくわぬ顔でようすをうかがっていたら、ついにおばあさんが、大きな口をあけてあくびをしました。
(いまだ!)
主人は、焼けた小石をあつい布でつかむなり、その口の中へ投げ入れました。
「ウギャャャァァ!」
おばあさんは悲鳴をあげて飛びあがると、外へ逃げだしました。
主人は、若い男たちとおばあさんを追いかけましたが、その足はとても早く、あっというまに姿を消してしまいました。
それから何日かすぎたころ、村の者が谷川のそばで魚をとっていたら、目の前のほら穴から、人のうめくような声がします。
こわごわ中をのぞいてみたら、なんと山姥がいて、苦しそうにもがいているではありませんか。
(もしかしたら、この山姥が、ばあさんに化けて機織りに来ていたのかもしれない)
村の者はおおいそぎで谷川をくだり、機織りの家の主人に知らせました。
主人が男たちをつれてほら穴へ行くと、山姥の姿はなく、口の中をやけどした一匹の山犬が死んでいました。
「この山犬が山姥に化け、さらに、ばあさんに化けて家へ来ていたのか」
主人はビックリするやらホッとするやら、山犬の死体をほら穴から引きずりだし、近くの山に穴をほってうめました。
さて、その年の夏、この家で育てているかんぴょうのつるに、大きな実がなりました。
ふしぎなことに、実が大きくなるにつれて、人の顔に似てきます。
主人も家の者も気味悪く思っていたら、なんと、あの山姥の顔そっくりの実になったのです。
「早くあの実をとって、川へ捨ててこい」
主人の命令で、若い男がその実をとり、川へ捨てに行きました。
「このまま捨てては、川下の人たちもビックリするだろう」
と、いうので、若い男がオノでまっ二つに割ったら、中からまっ赤な血がほとばしりでました。
「うえっ・・・」
おどろいた若い男は、それを川へ投げすてるなり、あとも見ずに逃げかえりました。
まっ二つに割られた山姥の顔そっくりのかんぴょうは、川の水を赤く染めながら、ゆっくりと川下の方へ流れていきました。
そんなことがあってから、機織りの家につぎつぎと不幸がおこり、何年もしないうちに家がほろんでしまったといいます。
それからこの地方では、いまもかんぴょうだけは作らないそうです。
おしまい
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