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7月10日の日本民話

鬼が笑う

鬼が笑う
新潟県の民話

 むかしむかし、ある村に、りっぱな屋敷(やしき)に住んでいるお金持ちがいました。
 そしてその家のかわいい一人娘が、遠くの町へ嫁入りすることになりました。
 嫁入りの朝、むかえのカゴが来て、花嫁は乗りこみました。
 そして母親や親戚(しんせき)の人たちが大勢カゴについて、とうげをこえて行きました。
 ところが急に空が暗くなってきたかと思うと黒雲がおりて来て、花嫁の乗ったカゴをつつんでしまったのです。
 そして黒雲は、そのまま花嫁をさらって飛んで行ってしまいました。
 母親は大事な娘をさらわれてしまったので、どんなことをしても娘をさがして助け出そうと思いました。
と、言ってもどこというあてはありません。
 でも黒雲の飛んで行った後を追って、山でも野原でも林の中でも、さがして歩きました。
 ある日の事、大きな川の近くの野原で、小さなお堂を見つけました。
 そろそろ日がくれてくるころでしたので、母親はそこへ行って、
「もしもし、すみませんが、今夜ここにとめてもらえませんか?」
と、言ってみました。
 すると中から、若い尼(あま)さんが出て来て、
「ふとんも食べる物もありませんが、こんな所でよかったら、どうぞおとまりください」
と、いってくれたのです。
 せまいお堂の中に入ると、疲れていた母親は、すぐに横になりました。
 尼さんは自分の着ていた衣を一枚ぬいで、母親にかけてあげました。
 そして、
「お前さんのさがしている娘さんは、川向こうにあるの屋敷にさらわれています。川岸にイヌがいて番をしていますが、昼のうちはいねむりをしていることもありますから、そのすきをねらえばわたれないことはありません。けれど、その橋はそろばん橋といい、玉がたくさんついていますから、その玉をふまないようにしてわたって行きなさい。もし玉をふむと、命を落とすことになりますから、よく気をつけなければなりませんよ」
と、教えてくれたのです。
 母親はどうして尼さんが娘のことを知っているのか不思議に思いましたが、ひどく疲れていたため、いつの間にかグッスリとねむってしまいました。
 夜が明けて母親が目をさました所は、おどろいたことに、あたり一面にヨシのしげった野原で、お堂もなければ尼さんの姿も見当たりません。
 ふと見ると、そばには雨風にさらされた石塔が一つありました。
「不思議なこともあるもの。とめてくださったり、娘のことを教えてくださったり。とにかくお礼をもうしあげなければ。何さまか知りませんが、どうもありがとうごさいました」
 母親は石塔に向かってお礼を言ってから、尼さんに教えられたとおりに川岸へ行ってみました。
 さいわい、イヌはいねむりをしていましたので、そろばん橋の玉をふまないように、そろそろと気をつけてわたりました。
 ぶじに橋をわたりきってしばらく行くと、聞きおぼえのある機(はた)をおる音が聞こえて来ました。
 母親はその音のほうに近づいて行って、娘の名まえを呼びました。
 すると娘が、鬼の屋敷から走り出て来たのです。
「お前、無事であったかえ」
「お母さん、どうしてここへ?!」
 母親と娘は、だきあって泣きました。
 鬼たちはちょうど、どこかへ出かけて行ってるすです。
 娘は大いそぎで母親にご飯を食べさせると、鬼に見つけられないように、母親を石のひつの中にかくしました。
 そして間もなく、鬼が帰って来ました。
 鬼は家に入ると、どうも人間のにおいがすると言って、あたりをクンクンとかぎました。
「人間など、だれも来なかったよ」
 娘がそう言っても、鬼は庭の花を見るために出て行きました。
 この庭には不思議な花があって、家の中にいる人間の数だけ咲くのでした。
 鬼が見てみると、今朝は一つだった花が二つ咲いていました。
 鬼はカンカンにおこって、もどって来るとガラガラした声で、
「お前はどこかに、人間をかくしているだろう!」
と、言って、娘につかみかかろうとしました。
 娘はどうしたらよいだろうかと、とっさに考えて、
「そ、それはきっと、わたしのおなかに赤ちゃんができたからよ。そのために、花が二つになったのでしょう」
と、言うと、今までおこっていた鬼は急に飛びあがって喜び、大声を出してけらいたちを呼び集めました。
「祝いじゃ! 酒を持ってこい! 太鼓(たいこ)も持ってくるんじゃ! 早くしろ! 川の番をしているイヌどもをたたき殺してしまえ!」
 鬼はそうさけんで、飛び回りました。
 たちまち大さわぎになりましたが、そのうち酒によいつぶれて、みんなねこんでしまいました。
 娘は石のひつから母親を出すと、二人で鬼の家からいそいでにげ出しました。
 川岸に着くと船がつないであったので、それに乗って向こう岸へこいで行きました。
 そのころ、ねむっていた鬼は、のどがかわいて目がさめました。
「おい、水をくれ!」
と、娘を呼びましたが、返事もなければ姿も見えません。
 娘が逃げた事に気がついた鬼は、けらいどもを起こすと、一緒に母親と娘の後を追いました。
 川岸に着いて見ると、母親と娘の乗った船が、もう向こう岸の近くまで行っているのが見えました。
「それ、川の水をみんな飲んでしまうんだ!」
 鬼はけらいたちに大声で言いつけると、大勢のけらいの鬼たちは川に顔をつっこんで、ガブガブと水を飲み始めました。
 すると川の水はたちまちにへって、母親と娘の船は、どんどん後もどりして来ました。
 いよいよ鬼たちにつかまりそうになったとき、あの尼さんがどこからか現れて、
「お前さんたち、グズグズしていないで、早くおしりをまくって鬼どもに見せてやりなさい!」
と、言いました。
 尼さんも一緒になって三人が着物のすそをまくると、鬼たちにおしりを向けて、プリプリプリッとふって見せました。
 さあ、それを見た鬼たちはゲラゲラと大笑いです。
 そのために、飲んでいた水をすっかりはき出してしまいました。
 そしてそのおかげで、船は向こう岸まで押し流され、母と娘はあぶないところを助かったのです。
 ですが、不思議な尼さんはどこへ行ったのか、そのままいなくなっていたという事です。

おしまい

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