|
|
世界の感動話 第6話
タニシ王子
マレーシアの昔話 → マレーシアの国情報
むかしむかし、世の中の人たちから、わすれられてしまったような、さびしい村がありました。
そこにはおじいさんと、その息子のお嫁さんが住んでいました。
おじいさんの息子は、病気になって死んでしまったのです。
いまは、お嫁さんから生まれてくる子どもだけがたのしみでした。
やがて、子どもが生まれましたが、その子どもというのが人間の赤ちゃんではなくて、田んぼなんかにいる、タニシだったのです。
あまりのことに、お嫁さんは一日じゅう、タニシを見てはないていました。
それを見て、おじいさんは、
「そんなに悲しんでないてばかりいると、おまえのからだにわるいから、いっそ、このタニシはすててこよう」
と、いって、村はずれの田んぼに、すてにいきました。
「かわいいまごよ。おまえが人の子であったらなあ。どうか、タニシのなかまにはいって、なかよくくらしておくれ」
おじいさんはこういって、タニシをそっと、田んぼにはなしてやりました。
こうして、タニシをすててきましたが、二人の悲しみは、すこしもなくなりません。
その晩は、二人ともないて夜をあかしました。
あくる朝、ふと気がつくと、お嫁さんのまくらもとに、タニシがはいあがっているではありませんか。
「まあ、この子は、どうやって、ここまできたんでしょう」
遠い田んぼから、のろい足で、夜どうし、はってきたにちがいありません。
お嫁さんは、タニシをだきしめました。
おじいさんも胸をうたれて、なみだをこぼしました。
「お母さん、ぼくをもう、どこヘもすてないで」
と、ふいにタニシが口をききました。
「ああ、すてないとも。だけど、これからさきどうやって、おまえをそだてていったらいいんだろうねえ」
「水がめのそばにおいてください。それだけでいいんです」
そこでおじいさんとお母さんは、タニシを庭(にわ)の水がめのそばにおきました。
ある日、おじいさんが町へでかけようとすると、
「おじいさん。ぼくもつれていって」
と、タニシがいいました。
「おまえみたいな足ののろい子を、つれて歩けやしないよ」
「では、おじいさんのカゴの中にいれてっておくれ」
「なるほど」
おじいさんは、カゴの中にタニシをいれて、こぼれおちないように気をつけながら、町ヘでかけました。
町で買いものをすませて、帰ろうとしたときです。
カゴの中から、タニシが大声でいいました。
「おじいさん。あの、ぶちイヌを買っておくれ」
見ると、そこはイヌ屋の前でした。
かわいい小イヌが、たくさんいます。
それなのに、タニシのほしがっているぶちイヌというのは、できものだらけのやせイヌです。
でもおじいさんは、かわいいまごのいうままに、そのイヌを買ってやりました。
「お母さん。この小イヌは、ぼくのむかしからの友だちです。これからは『大臣(だいじん)さま』と、よんでください」
タニシは、とくいそうにいいました。
「こいつが『大臣』だって?」
おじいさんは、ビックリして聞きかえしました。
「おまえ、生まれてまもないのに、むかしからの友だちだなんて、いったい、どういうわけだい?」
お母さんも、首をかしげました。
「ほんとうなんです。でも、いまはわけをはなせません。『大臣』には、水をちょっぴり、やってくだされば、それでいいんです」
タニシがあんまりふしぎなことばかりいうので、おじいさんとお母さんは、目をまんまるくしてものもいえません。
ところが、ふしぎなことはまだありました。
あくる日、タニシはまたおじいさんと町ヘいって、こんどは片目の悪い小ネコをねだって買ってもらいました。
「お母さん。『将軍(しょうぐん)さま』をつれてきたよ」
タニシは、とくいそうにいいました。
『将軍』は、『大臣』と同じように、水をちょっぴり飲むだけで、ものをたべません。
この二匹は、タニシの命令なら、どんなことでも聞きました。
そして、タニシのそばからはなれないで、いつもタニシをまもっていました。
こうして、またたくまに一年がすぎました。
タニシと、イヌと、ネコは、あいかわらず水がめのそばで、なかよくくらしていました。
ときどき、ヒソヒソとはなしあいますが、なにをはなしているのか、だれにもわかりません。
ある日の夕方、お母さんがごはんのしたくをしていると、『大臣』がかけてきました。
「ワン! ワン! ワン!」
と、ほえながら、きもののすそをくわえてひっぱりました。
「おお、よしよし。あの子が、なにか用事があるんだね」
お母さんはそういって、タニシのところヘかけてきました。
タニシに用事があるときは、こうして『大臣』か『将軍』がよびにくるのでした。
「お母さん」
タニシはそういって、お母さんを見あげました。
「ぼく、さびしいの。お嫁さんをもらってください」
と、たいへんなことをいいだしました。
「お嫁さんだって!」
お母さんは、ビックリです。
「ええ、もう、きめたんです。王さまのお姫さまをもらいます。お姫さまは仙女(せんにょ)さまのようにきれいな方です。どうか、だれかを王さまのところへやってたのんでください」
お母さんもこれにはこまって、おじいさんにそうだんしました。
二人はどうしようもなく、タニシのいうとおりにすることにして、となりのおばあさんにつかいをたのみました。
となりのおばあさんは、はるばる都にいきました。
そして、王さまの前にいって、
「王さま、わたくしはお姫さまのために、おむこさまのおせわをしたいと思います」
と、いいました。
「それはごくろう。で、どこの王子かな? それとも貴族(きぞく)かな?」
「いえ、王子さまでも、貴族のわかさまでもございません。じつはその、となりの、タニシめでございます」
「タニシだと! バカものめが! よくもわしをバカにしたな。よし、それなら、『三日のうちに、トラのなみだと、生きかえり草と、金のスズメをおくりものとしてもってこい。さもないと、ころしてしまうぞ』と、いえ」
王さまは、こぶしをふりあげておこりました。
おばあさんは、まっさおになって村ヘとんで帰りました。
「これは、えらいことになった」
おじいさんもお母さんも、話を聞いてまっさおになりました。
そして、オロオロしながら、タニシにそのことをつたえました。
ところがタニシは、
「ああ、そんなことなら、心配はいりません」
と、いうと、『大臣』と『将軍』をよんで、ヒソヒソとそうだんをはじめました。
しばらくすると、タニシは、
「じゃあ、これから、トラのなみだをさがしにいってきます」
と、いって、『大臣』の背中に乗り、『将軍』をおともにつれて、でかけていきました。
イヌとネコは村をでると、とぶように走って、あっというまに南の山につきました。
山のまんなかごろに、大きなトラのほら穴がありました。
イヌとネコは、タニシを穴の入り口におろすと、サッとかくれました。
タニシは、穴のおくへはっていきました。
見ると大きなトラは、グッスリとねこんでいます。
タニシは、そっと頭にはいあがり、トラのとじたまぶたの上をくすぐりました。
すると、トラが目をあけました。
そのとき、タニシはピョイと、トラの目の中に飛び込んだのです。
さあ、トラはいたくていたくてたまらず、ポロポロとなみだをこぼしました。
タニシはいそいで、そのなみだをすいこむと、地面にころがりおちました。
そこへイヌとネコがパッととびこんで、タニシをひろいあげるなり、またとぶように家に帰っていきました。
二日目には、『大臣』がタニシのいうとおりにして、山おくから生きかえり草を見つけてきました。
『将軍』も、金のスズメをつかまえてきました。
三日目の朝、お母さんはこの三つのおくりものをとなりのおばあさんにわたして、王さまのところへとどけてもらいました。
こうなれば、王さまも、もんくのいいようがありません。
王さまは、二頭だての金の馬車(ばしゃ)に千人の騎兵(きへい)をつけて、タニシをむかえによこしました。
おじいさんとお母さんはビックリして、ただウロウロ、マゴマゴするばかりです。
けれども、イヌとネコが、タニシをその馬車に乗せてやりました。
そして、自分たちもいそいで、その両がわに乗りこみました。
行列(ぎょうれつ)は、音楽隊の音とともに、お城にむかってすすみました。
お城の広場には、めずらしいおむこさんをひと目見ようと、国じゅうから人が集まっていました。
その中を金の馬車が、ゆっくりとはいっていきました。
お祝いの大砲(たいほう)の音がとどろき、音楽がいちだん高くなりひびくと、やがて金の馬車は、しずかにとまりました。
人々の目が、いっせいに馬車にむかってそそがれました。
その中を、この国の大臣がちかよって、馬車のとびらをあけました。
「あっ。これは、なんと!」
大臣は、さけびました。
「世界一、すばらしいお方だ!」
馬車の中からあらわれたのは、かがやくばかりに美しい、わかい王子でした。
そのそばには、りっぱな身なりの大臣と将軍がつきそっています。
この三人は、お城のだれよりもりっぱに見えました。
お姫さまは喜んで、この王子さまをむかえました。
王さまは、すっかり面くらってしまい、おきさきは、王子の美しさに見とれるばかりです。
でも、一番あわてたのは、いっしょについてきた、タニシのお母さんとおじいさんでした。
二人は、なんのことやら、さっぱりわかりません。
ただ、うれしなみだをふくばかりです。
それからのち、タニシだった王子は、りっぱな王さまになったということです。
おしまい
|
|
|