2010年 9月10日の新作昔話
金のもち
京都府の民話
むかしむかし、京の都に、貧乏ですが心のやさしい若者が住んでいました。
若者はとても信心深い人でしたので、毎月十八日には、必ず観音さまにお参りをしますし、また、時間があればあちらこちらのお寺にも、お参りをしていました。
さて、ある年の九月十八日。
若者は、いつものように観音さまにお参りをし、そして、お寺からお寺へとまわっている間に、都の東の山階(やましな)あたりまで来てしまいました。
このあたりには、人家はあまりありません。
人里離れた山道を歩いていると、五十歳ぐらいの男の人と出会いました。
ふと見るとその男の人は、つえの先に何かを引っかけています。
(なんだろう?)
若者が見てみると、それは一尺(いっしゃく→30センチ)ほどの、まだらのヘビだったのです。
そのヘビがつえの先で、ピクピクと動いているのでした。
若者は思わず足をとめて、その男に声をかけました。
「もしもし、あなたはそのヘビを、どうするつもりですか?」
「ああ、これにはちょっとした使い道がありましてな」
「そのヘビを殺すのですか? 生き物を殺すのは、良くない事ですよ。それに今日は十八日、観音さまの日です」
ヘビを持った男は、じろりと若者の顔を見ると、ニヤリと笑いました。
「なるほど、今日は観音さまの日ですか。しかし観音さまも、ヘビより先に、まずは人間を助けるでしょうね」
「えっ? それはどういうことで?」
「わしは長年、にょい(→説法のときにお坊さんの持つ、まごの手の変形したもの)を作っておるが、そのにょいにする牛の角を曲げるには、このような小ヘビの油がなくてはならんのです。わしはそのにょいをお金に代えて、暮らしているのです」
「よく、わかりました。わたしも、ただでゆずってくれとは申しません。どうでしょう、わたしの着ている着物とヘビを、取り替えてはくれませんか?」
「うむ。まあ、取り替えてもよいでしょう」
そこで若者は着物を脱いで、男に手渡しました。
そして男からヘビを受け取った若者は、男に尋ねました。
「ところでこのヘビは、どこで捕ったのですか?」
「この少し先に、小さい池がある。そのそばで捕まえたのじゃ」
男はそう答えると、どこかへ行ってしまいました。
若者はヘビを持って、教えられた池までやってきました。
そして水草のしげっているところを見つけると、ヘビをそっと逃がしてやりました。
「もう、捕まるんじゃないよ」
ヘビが水草のかげに隠れてしまうと、若者は安心して、またお寺のある方に向かって歩き出しました。
それから、しばらく歩いた頃、若者は道ばたに立っている、一人の少女に出会いました。
年は十二、三歳で、きれいな着物を着た、とても美しい少女です。
(こんな田舎で、こんな美しい少女に出会うとは)
若者はそう思いながら、だまって通り過ぎようとしました。
すると少女は、意を決したように若者を呼び止めました。
「あの、もし、もし」
若者が振り返ると、少女は深く頭を下げて言いました。
「お呼び止めして、すみません。わたしは、あなたさまのおなさけ深い心がうれしくて、そのお礼を申しあげようと思い、ここで待っておりました」
「お礼? お礼とは、何の事でしょう?」
「はい、命を助けていただいたお礼です。わたしは家に帰ると、助けられた事をさっそく父と母に話しました。すると父と母は、ぜひお礼を言いたいから、すぐお連れするようにと申しました。それで、お迎えに来たのです」
(するとこの少女は、さっきの小さなヘビなのか?)
若者は、少し怖くなりました。
「それでは、あなたのご両親というのは、どこにいらっしゃるのですか?」
「はい、すぐそこです。さあ、ご案内いたします」
少女はそう言うと、池の方へ歩き出しました。
若者は仕方なく、少女について行きました。
池のそばまで来ると、少女は立ちどまって若者を振り返り、
「ここで、ちょっとお待ち下さい。すぐに戻ってまいりますから」
と、言ったかと思うと、少女の姿が急に消えてしまいました。
(どうしよう? このまま、逃げてしまおうか?)
若者がそう思っていると、いつの間にか少女が現れました。
「さあ、わたしの家にご案内いたします。大丈夫です。決して、恐ろしくはありません。もちろん、あなたさまにご迷惑もおかけしません。どうかしばらくの間、目をつぶっていて下さいませ」
若者は、言われた通りに目をつぶりました。
するとすぐに、少女が声をかけました。
「どうぞ、目を開けてください」
若者が目を開けると、二人はいつの間にか、とても立派な門の前に立っていました。
「わたしについて、中へお入り下さい」
少女と一緒に門をくぐると、中には立派な家が、いくつも建ち並んでいます。
その間を通って奥に入っていくと、正殿(せいでん)と思われるところに来ました。
それはまた一段と美しく、柱も床も壁も、いろいろの宝石で飾られています。
やがて奥から、一人の老人が現れました。
年は六十歳ぐらいで、長い白ひげを生やし、美しい着物を着た立派な人です。
「さあ、もっと奥の方にお通りください」
老人は若者を、上座(かみざ)へと通しました。
「このたびは、何とお礼を申しあげてよいやら。あなたさまのおかげで、娘が命拾いをいたしました。申し遅れましたが、わたしは、ここの主人の竜王でございます」
老人はていねいに、頭を下げて言いました。
「今日のお礼のしるしに、にょいの玉を差し上げたいと思いました。この玉を持っていれば、願いが何でもかなえられるのです。しかし日本の人は心が悪いから、お持ち帰りになっても、願いがかなえられるかどうか。それでその代わりの物をさしあげましょう。これ、そこにある箱を持ってきなさい」
老人の声に、召使いがきれいなもようのついた箱を持ってきました。
ふたをとってみると、中には金のもちが入っていました。
大きさは、三寸(さんすん→約9センチ)ぐらいです。
老人はそのもちを取り出すと、手で半分に割り、残りの半分をもとのように箱におさめました。
そして、
「これは、一度に使ってはいけません。必要な時に必要なだけを切ってお使いになれば、一生、お金に困るような事はないでしょう」
と、言って、その箱を差し出しました。
「ありがとうございます。きっと、大切にいたします」
若者が礼を言うと、少女が言いました。
「元の場所へお送りいたしますから、しばらく目をつぶっていてください」
そして目をつぶったかと思うと、もう、元の池のそばに帰っていました。
「わたしは、ここで失礼いたします。今日の事は、いつまでも忘れません。本当にありがとうございました」
そう言ったかと思うと、少女の姿は消えていました。
さて、若者が家に帰ってくると、家の人はもちろん、近所の人たちもびっくりして口々に尋ねてきました。
「今まで、どこでどうしていたんだ?」
「お寺にお参りすると言って家を出たまま、何年も帰って来ないので、死んでしまったかと思っていたよ」
これには、若者の方がびっくりです。
竜王のところにいたのは、ほんの短い時間でしたが、それが家を出てから、もう何年もたっていたのです。
(まるで、浦島太郎だ)
若者は、だれにも竜王のご殿に行った事は話しませんでした。
そして、お金のいる時には金のもちを切って、必要な物を買いました。
不思議な事にこのもちは、いくら切っても、次の日には元の大きさに戻っていました。
こうして貧乏な若者は、すっかり大金持ちになり、一生を裕福に暮らす事が出来ました。
やがて月日がたち、若者も老人になってしまいました。
そして死んでしまった時、金のもちは、ふっと消えてしまったそうです。
おしまい
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