2013年 1月25日の新作昔話
菊娘
むかしむかし、あるところに、菊の花が大好きな男がいました。
男は家の庭で菊の花を育てて、家族の様に大切にしていました。
ある日の事、その男のところに美しい娘がやってきて言いました。
「すみません。どうか一晩とめてほしいのです」
「とめてやるのはいいが、家には食べる物がろくにないぞ」
男がそう言うと、娘はにっこり笑って言いました。
「ご飯なら、わたしが作りましょう。ちょっと、目をつぶっていてくださいな」
男が言われた通りに目をつぶると、ざらざらと米をとぐ音がして、ぱちぱちとまきが燃える音がして、そしてぐつぐつとご飯の炊ける音がしました。
「ありがとうございます。もう、目を開けてもいいですよ」
男が目を開けてみると、何と男の前には真っ白いご飯が山盛りに盛られた茶碗があったのです。
そのご飯からは不思議な事に、ほのかに菊の香りがしてきます。
やがて娘は男の嫁になって、毎日毎日とてもよく働きました。
家の事は嫁が全てやってくれるので、男は仕事をする時間が増えて生活が次第に豊かになっていきました。
美しくて気だてが良く、家の仕事をよくやってくれる素晴らしい嫁に男は大満足です。
しかしそんな嫁にも、一つだけ不満がありました。
それは嫁の足がいつも泥で汚れていて、いくらお風呂に入るように言っても、
「わたし、お風呂が嫌いだから」
と、お風呂に入ろうとはしないのです。
(いくら風呂嫌いでも、足ぐらい洗ってもらわないと)
ある日の事、嫁の足が泥で汚れている事に我慢できなくなった男は嫁を風呂場に引っ張って行くと、嫌がる嫁の足にお湯をかけてやったのです。
「よし、これで足がきれいになった。どうだ、足がきれいな方が気持ち良かろう。・・・おい、どうした? しっかりしろ!」
足をお湯で洗われた嫁が、急に倒れて死んでしまったのです。
男は泣きながら嫁の葬式を済ませて、ふと庭の菊を見ました。
すると朝まできれいに咲いていた菊の花が、すっかりしおれていたのです。
そして菊の花の根元には、お風呂のお湯をかけた跡がありました。
「そっ、そうだったのか」
この時、男は嫁が菊の精だった事に気づいたのです。
「すまなかった。根っこに湯をかけられて、さぞ苦しかっただろう。本当に、すまなかった」
男はしおれた菊の花に何度も何度も頭を下げて、はらはらと涙をこぼしたのでした。
おしまい
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