2013年 4月12日の新作昔話
毒の粉
むかしむかし、とても仲の悪いお姑さんとお嫁さんがいました。
お姑さんというのは、お嫁さんが結婚したお婿さんのお母さんの事です。
このお姑さん、最初はお嫁さんと仲が良かったのですが、お婿さんが病気で死んでから、お嫁さんをいじめる様になったのです。
お嫁さんが掃除をした後、お姑さんは必ず文句を言います。
「なんだい、この掃除の仕方は!
ここに、ほこりが付いているじゃないか!
ほらここも! ここも!
ああ、だらしない嫁だねえ!」
そしてお嫁さんがご飯を作れば、
「なんだい、この魚は!
尻尾が焦げているじゃないか!
焦げは、体に毒なんだよ! あたしを殺すつもりかい!
それにこの味噌汁、辛すぎて飲めやしないよ! ぺっ、ぺっ!」
と、文句を言って吐き出す真似をします。
近所で人に出会えば、お嫁さんに聞こえる様にわざと大声で、
「ねえ、聞いておくれよ。
家の嫁と来たら、掃除は出来ないわ、飯はまずいは・・・」
と、お嫁さんの悪口を言うのでした。
こんな事が毎日毎日続くので、お嫁さんはお姑さんが大嫌いでした。
そんなある日の事、ついに我慢が出来なくなったお嫁さんは、お寺の和尚さんに相談をしました。
「わたし、これ以上は我慢できません! もう、死のうと思います。こんな毎日が続くよりは・・・」
「なるほど。だが、あんたが死ぬ事は無い。話を聞く限り、死ぬのはむしろ、姑さんの方だろう」
「それはそうですが、でも、姑が死ぬまで待てません」
「・・・それなら」
和尚さんは白い粉の入った袋を持ってくると、声をひそめて言いました。
「よいか、これは毒の粉じゃ。
この毒の粉を毎日、姑さんのご飯に混ぜるのじゃ。
すると姑さんはだんだん体が弱くなり、やがて死んでしまうじゃろう。
これで全ては解決じゃ。
しかし、毒を混ぜた事が知れるとまずい。
あんたは笑顔で姑さんの言う事を聞いて、できる限り優しくしてやるのじゃ。
つらいじゃろうが、しばらくの辛抱だからな」
「はい。ありがとうございます!」
お嫁さんは何度も何度もお礼を言って、和尚さんから毒の粉をもらって帰りました。
その日の夜、お嫁さんはお姑さんの夕飯にそっと毒の粉を混ぜて出しました。
それを一口食べたお姑さんは、いつもの様に文句を言います。
「ああ、まずい! 何てまずい飯だろうね!
こんな物を食わせて、あたしを死なせる気かい!」
お嫁さんはカチンときましたが、でも、和尚さんに言われた様に笑顔を作ると、手をついて謝りました。
「お母様、ごめんなさい。明日は、もっと上手に作る様に頑張りますので」
次の日、お姑さんはお嫁さんが掃除をした場所を調べて、いつもの様に怒鳴ります。
「汚いね、これでも掃除をしたつもりかい!
まだこんなにも、ほこりが付いているじゃないか!
ああ、掃除もろくに出来ないとは、だらしない嫁だねえ!」
お嫁さんはカチンときましたが、でもにっこり微笑むと手をついて謝りました。
「お母様、ごめんなさい。すぐに掃除をやり直します」
お嫁さんは笑顔で掃除をやり直しながら、心の中で思いました。
(もう少し、もう少しの我慢だわ。もう少しすれば毒が効いて、病気になって死んでしまうのだから)
ところが不思議な事に、お姑さんは病気になるどころか、ますます元気になっていったのです。
(おかしいわね? 毒の量が足りないのかしら?)
お嫁さんは毒の粉を多く入れると、それを残さず食べてもらえる様に、お姑さんに今まで以上の笑顔で接する様になりました。
すると不思議な事に、お姑さんのお嫁さんに対する態度が少しずつ変わってきて、近所の人に出会うと、こう言うようになったのです。
「ねえ、聞いておくれよ。家の嫁は変わったよ。いつも笑顔で、とても働き者なんじゃ。家の嫁は、本当にいい嫁じゃ」
そして、お嫁さんが作ったご飯を食べると、うれしそうに目を細めて言います。
「ああうまい、うまいねえ。あんたの作るご飯は、本当にうまいねえ」
そればかりか、お嫁さんが掃除をしていると、文句を言うどころかうれしそうにこう言うのです。
「どれ、あたしも手伝ってやるよ。二人でした方が早く終わるからね。それで掃除が終わったら、一緒にお茶にしようね」
お嫁さんは、どうしてお姑さんが優しくなったのか全くわかりません。
でも褒められるとうれしくなって、気がつくと心の底から笑顔で笑っている事が多くなりました。
そんなある日。
今まで元気だったお姑さんの具合が急に悪くなり、寝込んでしまったのです。
(毒のご飯が、ようやく効いてきたんだわ)
お嫁さんは、お姑さんの看病をしながら、うれしいはずなのに涙がこぼれてくるのが不思議でなりません。
(どうして? あんなに大嫌いだったのに。早く死んでくれればと、いつも思っていたのに・・・)
その涙を見て、お姑さんが言いました。
「ああ、泣くことはないよ。
心配せんでええよ。
大丈夫、すぐに良くなるから。
良くなったら、また一緒に働こうね。
あたしはあんたと働くのが、大好きじゃ」
「・・・・・・」
その言葉を聞いたお嫁さんは、たまらなくなって裸足のまま家を飛び出しました。
そして和尚さんの所へ行って、泣きながら和尚さんに言いました。
「ごめんなさい!
和尚さま、私が間違っておりました。
お母様は、いい人です。
本当に、いい人です。
和尚さま、どうか、お母様を助けてください。
毒の粉が効いて、もう死にそうなのです。
お願いです。お願いです・・・」
すると和尚さんは、優しく笑って言いました。
「あはははは。
心配せんでもええ、大丈夫。
実はな、あの粉は毒ではなく、ただのイモの粉じゃ。
いくら食べても、元気になる事はあっても病気になる事はない」
「でも、お母様は・・・」
「なあに、姑さんが寝込んだのは、急に働きすぎたせいじゃろう。
しばらく休めば、すぐに良くなる」
「本当ですか!」
「うむ。本当じゃ。
それにしても、姑さんもお前さんも、イモの粉で意地悪病が治って良かったのう。
これからも笑顔で優しくしていれば、二人とも二度と意地悪病にはかからんじゃろう」
お嫁さんは涙をふいて微笑むと、和尚さんに深く頭をさげました。
「和尚さま。ありがとうございます!」
その後、和尚さんの言葉通り、お姑さんの体はすぐに良くなり、お姑さんとお嫁さんはいつまでも仲良く暮らしたということです。
おしまい
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