2013年 11月25日の新作昔話
ネコの小判
東京都の民話
むかしむかし、江戸の両替町に、時田喜三郎と言う人が住んでいました。
喜三郎は一匹の可愛いネコを飼っており、この家に出入りする魚屋もこのネコがお気に入りでした。
「こんにちは、魚屋でございます。・・・おお、来たか来たか」
魚屋は喜三郎の家に来るたびに、売れ残りの魚をネコにあげました。
だからネコも魚屋が来ると、まっ先に飛び出してきて、
「ニャーーォ」
と、うれしそう鳴くのです。
ある日、魚屋は病気になってしまって、長い間寝込んでしまいました。
仕事が出来ない魚屋は、たちまちに生活が苦しくなり、ついには、その日に食べる物さえなくなってしまったのです。
(おれの命もここまでか)
一人暮らしの魚屋は、このまま誰にも知られる事なく死んでいくのかと思うと、くやしくて涙がこぼれました。
そんなある朝、魚屋の枕元に見覚えのない紙包みが置いてあったのです。
(はて、誰が置いていったのだろう?)
不思議に思いながらもその紙包みを開けてみると、何と中からピカピカの小判が二枚も出てきました。
(これは、誰かがおれにめぐんでくれたに違いない)
喜んだ魚屋は弱った体を起こすと、そのお金で薬と食べ物を買いました。
そのおかげで魚屋の病気は日に日に良くなり、やがて元気な体を取り戻すことが出来たのです。
「これからはうんと働いて、お金を恵んでくれた人に恩返しをしないと」
しかし魚屋には魚を仕入れるお金が一文もないので、日頃からひいきにしてもらっている喜三郎のところへ行って、お金を借りようと思いました。
「こんにちは、魚屋でございます」
魚屋は喜三郎の家に行って声をかけましたが、どうしたわけか、いつもなら真っ先に飛び出してくるはずのネコが姿を見せません。
(・・・どうしたのかな?)
やがて奥さんと一緒に、喜三郎が出てきました。
「よう、しばらくだな。最近、顔を見せなかったが、どうしたね?」
「へえ、実は体をこわして、ずっと寝込んでおりました」
「そうか。そいつは気の毒に」
「ところで、ネコの姿が見えないようですが」
「ああ、あのネコなら殺したよ」
「殺した?!」
魚屋はびっくりです。
「殺したとは、何でまた」
「なに、とんでもない悪さをしたもんでな。・・・そう言えば、お前さんはずいぶんとネコを可愛がっていたな」
「ええ、可愛いネコでしたから。しかし、悪さは一体?」
「実はな、ある晩、家から二両の金がなくなったんだ。
その時はてっきり泥棒かと思ったが、次の夜、あのネコが小判をくわえて出て行くのを見つけたんだよ。
慌ててネコを捕まえて金を取り戻したが、次の晩も、その次の晩も、ネコは小判をくわえて出て行こうとするので、腹が立ってネコを殺してしまったんだ。
まったく、主人を裏切って金を盗むとは、とんでもないネコだ」
その話を聞いているうちに、魚屋は思わず涙をこぼしました。
あの時の二両は、この家のネコが届けてくれた物だったのです。
しかも、もう一度届けようとして、ネコは殺されてしまいました。
あの二両がなかったら、魚屋はあのまま死んでいたに違いありません。
「どうしたね。涙なんかこぼして」
魚屋の様子に気づいた喜三郎は、不思議な顔で魚屋に尋ねました。
「ええ。だんな、ネコが金を持ち出したのは、実はこのわたしを助けようとしたからです」
魚屋は涙をこぼしながら、枕元に置かれていた二両のお金の話をしました。
「これを見てください。これは金を包んであった紙ですが、見覚えはありませんか?」
喜三郎が手に取って見ると、それは自分が書きそこなって捨てた手紙の一部だったのです。
「そうだったのか・・・」
喜三郎も、思わず涙を浮かべました。
「知らない事とはいえ、おれはとんでもない事をしてしまった。
ネコが金をくわえて出ていこうとしたのは、お前さんを助けるためだったのか。
日頃、魚をくれて可愛がってくれたお前さんに、恩返しをするために。
何とも、けなげなネコではないか」
それを聞いていた奥さんも、涙を流しながら言いました。
「むかしからネコは恩知らずというけれど、とんでもない。ああ、どうか許しておくれ」
魚屋は、喜三郎に言いました。
「だんな、お願いです。せめてそのネコの死骸を、わたしにゆずって下さいませんか」
「いいとも。どうかお前さんの手で、手厚く葬ってやっておくれ。その方が、あのネコも喜ぶだろう」
そして喜三郎は、せめてもの罪ほろぼしにと、ネコが持ち出そうとしていたお金を魚屋に差し出しました。
「これは、ネコからの最後の贈り物だよ」
魚屋はネコの死骸とお金をもらい受けると、回向院(かいこういん)というお寺へ行き、そのお金でネコの葬式を出してやりました。
その時に建てられた碑には、
《文化十三年(一八一六年)三月十日 法名(ほうみょう) 徳善畜男(とくぜんちくなん)》
と、刻まれたそうです。
おしまい
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