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8月29日の世界の昔話

騎士と水の精

騎士と水の精
ドイツの昔話 → ドイツの国情報

 むかしむかし、りっぱなお城に一人の騎士(きし)が住んでいました。
 騎士は剣で戦うのが強いだけでなく、誰にでも親切でやさしいので、村の人たちからとても愛されていました。
 ある朝のこと。
 騎士が教会へおいのりをしに出かけようと、ウマに乗って森の道へはいったときです。
 湖のそばの石に、緑色のドレスを着た女の人がすわっているのを見つけました。
 金色の髪をそよ風になびかせて、ほほえみながら小鳥たちのさえずりに耳をかたむけています。
 騎士は、あまりの美しさにウマをおりて、女の人に声をかけました。
「こんなさびしいところで、何をしているのですか?」
 女の人は騎士を見あげると、愛らしい笑顔を見せました。
「はい。あなたをお待ちしておりました。わたしは今までずっとあなたのそばにいて、いくさのときも剣のけいこをしているときも、あなたをお守りしてきました」
 騎士は、喜びで胸がいっぱいになりました。
「確かに、ぼくはこれまで何度となく危ない目にあってきました。でもそんなとき、いつも不思議な力で守られていると感じていました。これから先もぼくを守ってくれますか? あなたのように美しい人がいつでもそばにいてくれたら、もうぼくはこわいものなどありません」
 女の人は、やさしくうなずいて答えました。
「もちろんお守りいたします。けれど、一つだけお願いが。それは、私と結婚してほしいのです。もしほかの女の人と結婚したら、あなたは死んでしまいますが」
「ほかの女の人と結婚するなんて考えられない。今すぐにでも、あなたと結婚したいのに」
 騎士がそう言うと、女の人はうれしそうに笑って、湖の色のように深い緑色の指輪(ゆびわ)をとり出して、騎士の指にはめました。
「私に会いたくなったら、この指輪によびかけてください。でも、それはあなた一人きりのときにしてくださいね」
 騎士は約束すると、女の人と別れて教会へ一人でウマを走らせました。
 教会でおいのりをささげると、騎士はすぐに自分の城にもどりました。
 そして部屋にはいると、誰もはいって来ないようにカギをかけて、そっと指輪に言いました。
「ぼくの愛する人よ。姿を見せておくれ」
 するとたちまち、美しい女の人が姿をあらわしました。
 騎士と女の人は、二人だけの結婚式をあげました。
 その次の日から、騎士は剣のけいこのときも、遠く戦いに出かけるときも、けがひとつせずにすみました。
 それに、宿屋で一人になり指輪にむかってよびかけると、騎士の妻は上等のワインや焼きたてのパンを持って、姿をあらわしてくれました。
 森に迷いこんだときには、指輪に耳をあてると、
「そのまま、まっすぐ。そこを右にまがって」
と、道を教えてくれます。
 騎士は心から妻に感謝(かんしゃ)し、二人は誰にも知られないまま、仲良く楽しい月日を過ごしました。
 ある日のこと、王さまのたいかん式がありました。
 騎士はそのお祝いの席で、「剣の馬上試合を見せよ」と、お城によばれました。
 騎士がウマに乗って戦う姿はりりしく、王さまは一目で騎士を気に入り、こう言いました。
「そなたに奥方(おくがた→おくさん)がないのなら、ぜひ、わたしの姪(めい)と結婚してやってほしい」
「・・・・・・」
 騎士は、こまってしまいました。
 騎士には妖精(ようせい)の妻がいて、その妻との約束で、ほかの女の人と結婚したら死んでしまうからです。
 でも騎士として、王さまのたのみをことわることも出来ません。
 騎士は、知り合いの大臣に相談しました。
 すると大臣は、騎士に妖精とわかれるようにせまりました。
 それで騎士は、とうとう王さまの姪と結婚する決心(けっしん)をしました。
 そのとたん、騎士の指でパチンと緑色の指輪がわれて、床に落ちました。
 けれど、誰一人そのことには気がつきませんでした。
 騎士と王さまの姪との婚礼(こんれい)の日がやって来ました。
 大広間には、着かざった人が大勢集まり、二人の結婚をお祝いしました。
 すると、どこからふいて来たのか、大広間のまん中に風がふき、その風の中にうす緑色のドレスを着た騎士の妻が姿を見せました。
 頭には木の葉であんだかんむりをかぶり、裸足(はだし)の白い足にも、ツタかざりをつけています。
 妻は、静かに騎士の前を通り過ぎました。
 その顔はかなしみにあふれ、輝いていた緑色の瞳も暗くしずんでいました。
 それを見た騎士は、思わず立ちあがってさけびました。
「みなさん! 実はぼくには妻がいたのです。心も姿も美しい妻です。でも、ぼくはその愛する妻との約束を破り、その罰(ばつ)で今から死ななくてはなりません」
 妻はその言葉を聞くと、ニッコリほほえんで、スーッと姿を消しました。
 そのとたん、騎士はバタリとたおれて、そのまま死んでしまったのです。

おしまい

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