福娘童話集 > きょうの世界昔話 > 9月の世界昔話 > チワンの錦
9月20日の世界の昔話
チワンの錦
中国の昔話 → 中国の国情報
むかしむかし、ある山のふもとに、一人のおばあさんが住んでいました。
このおばあさんは、美しい錦(にしき)をおることができ、人びとは喜んでおばあさんの錦を買いました。
おばあさんはそのお金で、三人の子どもをそだててきたのです。
ある日のこと、おばあさんは錦を町ヘ売りにいった帰りに、ふと、ある店の前で足をとめました。
そこには、すばらしい絵がかけてあったのです。
その絵は、ひろびろとした美しい風景の中に、花園や家があり、みどりの畑やくだもの畑や池もありました。
ニワトリやアヒルのむれもいますし、ウシやヒツジも、のどかに草をたべています。
ほんとうに、心の休まるような村の風景です。
おばあさんは、いつまでも見とれていました。
(こういうところに住むことができたら、どんなにいいだろうねえ)
と、しみじみ思いました。
おばあさんはその絵を売ってもらい、家に帰ると、さっそく息子たちに見せました。
そして、一番上のロモにいいました。
「ロモや、こんな村でくらせたらねえ」
「あはは、なにを夢みたいなことを」
と、ロモは横をむいていいました。
おばあさんは、二二番目のロトエオにいいました。
「ロトエオや、こんな村でくらしたいねえ」
「そんなのは、死んでからのことさ」
と、ロトエオも横をむいていいました。
おばあさんは悲しそうに顔をくもらせて、いちばん下のロロにいいました。
「ロロや、こういう村に住めないと思うと、わたしは悲しくてならないよ」
ロロは、すこし考えてから、
「お母さん。だったらこうしたらどうでしょう。お母さんは、すばらしい錦をおることができます。だから、この絵を錦におってながめていたら、きっと、この村に住んでいるような気になれるでしょう」
おばあさんは、大きくうなづきました。
「そうだよ。それがいい」
それからおばあさんは、その絵を見ながら錦をおりました。
ひと月たち、ふた月たちました。
ロモとロトエオは、おばあさんがその絵を錦におることにはんたいです。
「お母さん、ぼくたちのとってくるたきぎだけじゃ、くらしていけません。そんなに時間のかかる物よりも、はやく売るための錦をおってください」
けれども、ロロだけは、
「お母さんに、美しい村をおらせてあげようよ。でないとお母さんは、悲しんで、いまに病気になってしまうよ。たきぎは、ぼくがとりにいくから!」
と、にいさんたちにいいました。
その日からロロは、一人で朝から晩まで、たきぎをとりにいきました。
みんなはそれで、くらしをたてていきました。
おばあさんは、朝も、昼も、夜も錦をおりつづけました。
夜は暗いので、たいまつをともしておりましたが、たいまつのけむりで目がまっ赤にただれました。
それでも、やめようとはしません。
こうして一年たつうちに、おばあさんの目からなみだがあふれて、錦の上にしたたりおちるようになりました。
おばあさんはなみだのおちたところに、きよらかな小川をおりました。
それから、まるい池をおりました。
二年たつと、目から血がにじみでて、錦の上にしたたりおちるようになりました。
おばあさんは、その血のおちたところに、まっ赤なお日さまをおりました。
それから、美しい花をおりました。
こうして三年めに、やっと一枚の錦ができあがりました。
それは、夢のような美しさです。
青いかわら屋根に、紅色のはしらのある、すばらしい家。
門の前には花園があり、きれいな花がさきみだれています。
そばの池には金魚が泳ぎ、くだもの畑には、赤や黄色のくだものが、たくさんなっています。
家の右手は、青あおとしたやさい畑になっていて、うしろには草原がひろがっています。
その草原では、ウシやヒツジが、のんびりと草をたべています。
山のふもとの畑には、トウモロコシやイネが黄色に実っています。
そのあいだを、きよらかな川が流れており、この美しい地上を、まっかな太陽がてらしているのです。
「おお、なんてきれいな錦だ!」
と、三人の息子たちは、いっせいにさけびました。
おばあさんは腰をのばすと、目をふきながら、はじめてニッコリ笑いました。
と、そのときです。
はげしい風がふいてきて、あっというまに錦をさらっていってしまいました。
おばあさんは、すぐ追いかけましたが、まにあいませんでした。
おばあさんはガッカリして、病気になってしまいました。
「ロモや。錦は東のほうヘとんでいったよ。さがしにいってきておくれ」
と、おばあさんは、一番上のロモにたのみました。
ロモはうなずいて、さっそくでかけていきました。
それから、ひと月ぐらい歩きまわったでしょうか。
ロモは、ある山あいの道にさしかかりました。
ふいに、まっ白い髪のおばあさんがあらわれて、ロモに声をかけました。
「もしもし、どこへいくのかね?」
「はい、風にとばされた錦を、さがしにいくのです」
と、ロモはこたえました。
「ああ、その錦なら、ここからずっと東のほうにある、太陽山の仙女(せんにょ)たちが持っていったよ」
「その山へは、どういけばいいんですか?」
「まあ、むりだろうがね。まずおまえさんの、その歯を二枚ぬきとって、ここにいる石ウマの口にはめこむんだよ。そうすれば、このウマが乗せていってくれるが、とちゅうで火の山を通らなくちゃならない。おまえさん、からだが燃えても、ジッとがまんできるかね?」
これを聞いて、ロモは青くなりました。
「できないだろう。おまえさんは、がまんのできる男じゃないからね。さあ、この小箱を持ってお帰り。中にお金がはいっているから、みんなでしあわせにくらすんだよ」
おばあさんはそういって、鉄の小箱をくれました。
ロモは小箱を持って、ひきかえしました。
でも、とちゅうまでくると、
(まてよ。このお金を家に持って帰るなんてつまらない。ぼく一人でつかえば、うんといいくらしができるぞ)
と、考えました。
そこでロモは、町のほうヘ歩いていきました。
家では、病気のおばあさんがふた月も寝込んでいました。
けれどもロモは、帰ってきませんでした。
おばあさんは、こんどは二番目のロトエオにたのみました。
ロトエオも、にいさんと同じように、山あいの道でしらがのおばあさんにあいました。
そしてお金のはいった小箱をもらうと、一人で町ヘいってしまいました。
おばあさんは、またふた月まちました。
もう、かれ木のようにやせてしまって、毎日、毎日、なきながら外をながめていました。
ロロはそのようすを見ると、たまらなくなっていいました。
「お母さん。ぼくがいってきます。お母さんの錦を、きっとさがしてきます」
ロロは、東へむかって出発しました。
にいさんたちと同じように、山あいの道でしらがのおばあさんにあいました。
おばあさんは、ロモやロトエオのときと同じように、ひととおり話してからいいました。
「おまえさんも、この小箱を持ってお帰り」
ところがロロは、
「いいえ、ぼくは錦をとりかえしにいきます」
と、いって、すぐに自分の歯を二本ぬきとると、おばあさんのそばにいた石のウマの口にはめました。
すると石のウマは、本物のウマのように、ヒヒーンといななきました。
「それじゃ、乗っておゆき。火の山を通っても、声をあげてはいけないよ。声をあげれば、すぐに焼け死んでしまうからね。荒海(あらうみ)を通っても、ふるえてはいけないよ。ふるえれば、すぐに海の中にしずんで死んでしまうからね」
おばあさんはこういって、ロロを見送ってくれました。
石のウマはロロを乗せると、三日三晩走りつづけて、ボウボウと、火をはいている山につきました。
まっ赤なほのおが、メラメラともえあがっています。
人もウマも、いまにも焼きつくされそうです。
ロロはウマの背中に、ピッタリとうつぶせになり、むちゅうでウマを走らせました。
かみの毛はもえちぢれ、はだがジリジリと焼けてきました。
それでも歯をくいしばって、ジッとがまんしました。
おばあさんに言われたように、ひとことも声をたてません。
そしてようやく、火をはく山をこえましたが、こんどは、あれくるう大海がまちかまえています。
ウマはゆうかんに、あら海の中にとびこみました。
ロロは目をつぶって、ウマにしっかりとしがみつきました。
波は氷のかたまりとなって、ロロのからだにはげしくぶつかりました。
あまりのつめたさに、気が遠くなりそうです。
けれどもロロは、ジッとこらえて、身ぶるいひとつしませんでした。
ようやく海を乗りこえて、むこう岸につきました。
あたたかい太陽があたりをてらしていて、のどかな歌声が聞こえてきます。
「さあ、太陽山にきましたよ」
石のウマはこういうと、りっぱなやしきの庭におりました。
その家の広間では、美しい仙女たちが錦をおっていました。
近よって見ると、仙女たちはまんなかに一枚の錦をひろげて、それをお手本にしておっているのでした。
「あっ、お母さんの錦だ!」
ロロは思わず、さけびました。
仙女たちはビックリして、ロロを見ました。
やがて、中の一人が、
「そうです。あなたのお母さんが、たいへん美しい錦をおったので、お手本におかりしたのです。今夜できあがりますから、あすの朝、おかえしいたします」
と、いいました。
仙女たちは、ひと晩じゅう錦をおっていました。
そのうちに、赤いきものをきた美しい仙女が、いちばん最初に錦をおりあげました。
仙女は、自分のとロロのお母さんの錦とをくらべてみて、
「ああ、やっぱりかなわないわ。せめて、この美しい錦の中に住んでみたいわ」
と、いって、ロロのお母さんの錦の中に、自分のすがたをししゅうしました。
ロロはまっているあいだ、ウトウトしていました。
気がついたときには、仙女たちはみんな、ねむっていました。
見れば、仙女たちのまんなかに、お母さんの錦がおいてあります。
「そうだ。少しでもはやく、持っていってあげよう」
ロロはその錦をつかむと、石のウマにとび乗って、もときた道をひきかえしました。
やがて、あの山あいの道までくると、しらがのおばあさんがまっていました。
そしてロロをウマからおろすと、ウマの口にはめていた歯をぬいて、ロロの口にはめてくれました。
「さあ、はやくお帰り。お母さんが、いまにもあぶないよ」
こういっておばあさんは、シカ皮のクツをくれました。
ロロはいそいで、そのクツをはきました。
するとたちまち、クツをはいたロロは空をとんで、わが家につきました。
「お母さん。錦を持ってきましたよ!」
ロロはさけびながら、お母さんの目の前に錦をひろげて見せました。
それを見ると、お母さんのほおに赤みがさして、たちまち元気になりました。
「ロロや、ありがとう。せっかくもどった錦だから、おもてのあかるいところでよく見よう」
二人はそとにでて、錦を地面の上にひろげました。
このとき、どこからともなく、かおりのよい風がふいてきました。
すると、錦がサラサラと音をたてて、どこまでもどこまでもひろがっていきました。
そしてとうとう、錦は村いっぱいになりました。
ロロたちの住んでいたみすぼらしい家はきえて、錦の中の青いかわらの家になりました。
花がさき、くだものがなり、池には金魚が泳いでいます。
錦の中の風景が、そのまま二人の前にひろがったのです。
ふと見ると、池のほとりに、赤いきものの娘がたっています。
それは自分のすがたをししゅうした、あの仙女でした。
おばあさんは喜んで、この娘をロロのお嫁さんにむかえました。
それから三人は、たのしくくらしました。
三人は、まずしい人やこまった人を見れば、この村につれてきて、いっしょにくらさせました。
ある日のこと。
この村に、二人のこじきがやってきました。
その二人は、お金をつかいはたしておちぶれてしまった、ロモとロトエオでした。
二人はこの美しい村が、いつかお母さんのおった錦にそっくりであることを知りました。
村の中でたのしそうにうたっている、ロロや娘やおばあさんを見ましたが、二人は自分たちのしたことがはずかしかったので、なにも言わずに、そのまま村をさっていきました。
このお話は、中国の南西部に住むチワン族のあいだに伝わるもので、チワンの女性たちは、美しい錦をおることで有名です。
おしまい