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福娘童話集 > お話し きかせてね > きょうの世界昔話
海の落ちたピアノ
ヨハン・アウグスト・ストリンドベリの童話
※本文と朗読に、多少の違いがあります。
静かな夏の夕方、さかなたちがのんびりと泳ぎまわっていると、いきなり、
バーン!
と、大きな音とともに、まっ黒な物が海に落ちてきたのです。
それは、♪ポロン、ポロロンと、不思議な音をひびかせながら海の底で止まりました。
落ちてきたのは、舟で運ばれてきた古いピアノでした。
引っ越しの荷物でしたが、運んでいた人がうっかり手をすべらせてしまったのです。
「何だろう?」
さかなたちが、ピアノのまわりに集まりました。
「もしかすると、食べ物かもしれないよ」
「いいえ、これはかがみですよ。だって、わたしの姿がうつっているじゃありませんか」
「ぼくは、はたおりだと思うよ。だってこんなに、たくさんの糸がついているんだもの」
そこへ大きなさかながやってきて、ピアノのペダルに乗りました。
するとピアノが『グワーーン』と鳴ったので、さかなたちは驚いて逃げてしまいました。
その夜、海は荒れていました。
波がピアノをゆさぶると、
♪ポロン、ポロロン
と、美しい音楽がひびきます。
ピアノは一人ぼっちで、歌を歌っていたのです。
朝が来るとトビウオの群れがやってきて、ピアノの上で遊びました。
するとピアノから、
♪ポロン、ポロロン
と、やさしい音が聞こえました。
海の底でなっているピアノの音は、陸の桟橋(さんばし)のところまで聞こえてきました。
♪ポロン、ポロロン
「ねえ、なんだろう? 海の中で音がしているよ」
ピアノの音を聞いた男の子が、女の子に言いました。
「あれはきっと、人魚が歌っているのよ」
女の子が、夢見るような声で答えました。
若い男の人と女の人も、ピアノの音を聞きました。
♪ポロン、ポロロン
とても幸せな二人には、音楽が自分たちの心の中でひびいているように思われました。
ピアノは夏の間中、きれいな声で歌い続けました。
だけどだんだんこわれて、けんばんもピアノ線もボロボロになりました。
さて、月が美しい秋の夜、みんなはボートに乗って遊んでいました。
♪ボロン、ボロロン
海の底からピアノがひびいてくると、みんながくすくすと笑いました。
こわれかけたピアノは、おかしな音しか出せなくなっていたのです。
でもたった一人だけ、悲しそうに海の底を見つめている人がいました。
それは海に落ちたピアノの、持ち主だった女の人です。
古いピアノでしたが、女の人にはたくさんの思い出がありました。
一人ぼっちで、さびしかったときも、
恋をして、ドキドキしたときも、
赤ちゃんが出来て、とてもうれしかったときも、
女の人は、いつもピアノをひいていたのです。
小さかった赤ちゃんは、もう立派な青年になって、恋人を乗せたボートをぐんぐんとこいでいます。
女の人は、小さくつぶやきました。
「ピアノは、わたしの大切な友だちだったわ。
わたしの事を全て知っていて、何十年も一緒に歌ってくれたわ。
でも、さわることも見ることも出来ないところに、行ってしまった。
わたしは二度と、大好きだった友だちに会うことは出来ないのね」
次の日、あらしが海を通りました。
はげしい波に打たれて、ピアノは必死に歌いました。
おかしな音しか出せなかったはずなのに、ピアノは最後の力を振りしぼって、
♪ポロン、ポロロン
♪ポロン、ポロロン
♪ポロン、ポロロン・・・
と、美しい音で歌いました。
それは海に落ちたピアノが、大切な友だちだった女の人におくるお別れの歌だったのです。
ピアノは歌いながら、波に流されて海の底へ沈んでいきました。
それっきり、海から不思議な音楽が聞こえることはありませんでした。
おしまい
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