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12月17日の日本民話
  
  
  
  谷ぞこのわらい声
  高知県の民話 → 高知県情報
 むかしむかし、土佐の国(とさのくに→高知県)の山あいの村に、佐市(さいち)という猟師(りょうし)がいました。
   若者にしては度胸(どきょう)がすわっており、佐市はいつもたった一人で猟(りょう)にでかけていくのでした。
  「佐市や。獲物はこのあたりにもいくらでもいるんだ。わざわざ深い山に行くこともねえ。あんまり山の奥に行くとバケモノが出てきて、食われてしまうぞ」
   村の人に、そういわれると、
  「はん。この世にバケモノなどいるものか。もしも出てきたら一発でしとめてやるから、楽しみに待っているんだな」
   佐市はそういいながら、鉄砲をかついで猟にでかけていくのでした。
   ある年の夏の事です。
   深い山奥に入った佐市は、あたりに気をくばりながら獲物をさがしていました。
   すると風もないのに、山の木々がさわぎだしました。
   木々がはげしくゆれ動きながら、走ってきます。
   なにか大きな生き物が木々をゆすりながら、山すそをおりてくるみたいです。
   こんな不思議なものをみるのは、はじめてです。
   佐市は足をとめて、ジッと見つめていました。
   やがて木々のざわめきは、深い谷ぞこへむかって消えていきました。
   あとはまた、シーンと静まりかえっています。
  「はて、いまのは、なんだろう? つむじ風なら木の葉がたくさん空へふきあがるはずだが、まったく静かなものだった)
   佐市は鉄砲をかたにのせながら、また歩きだしましたが、しばらくすると今度は谷間のそこから、わらい声がきこえてきました。
   その声は、一人の声ではありません。
   何十人もの男がいっせいにわらうような、とても大きな声でした。
  「こんな山奥へ、猟の仲間たちがやってくることはないはずだが」
   不思議に思った佐市は、男たちのわらい声がわきあがった谷間のそこへ、おりてみることにしました。
   やぶをかきわけて、岩をつたっておりていくと、話し声がきこえてきます。
   あたりは、だんだんくらくなってきます。
   足もとに気をくばりながら、佐市はやっと谷間のそこへおりました。
   すると、話し声のするむこうの谷川の大岩に、大きな物が腰をかけて、足をブラブラさせていました。
   それは二メートルをこえる、大入道です。
   いえ、大きいだけではなく、頭は八つで、その八つの顔が、うすぐらい谷間のそこでフワフワと動いていて、話しをしながら笑っているのです。
   さすがの佐市も、あまりのおそろしさにガタガタとふるえていました。
   そのふるえに気づいたのか、バケモノの八つの顔が、いっせいに佐市のほうを見つめたのです。
  「そこにかくれておるのは、だれだ!」
   佐市は鉄砲をかまえると、夢中で引き金をひきましたが、八つの顔はヒョイと首をのばして、鉄砲の玉をよけてしまいました。
   佐市は続けて鉄砲をうちましたが、何発うってもあたりません。
   とうとう玉は、最後の一発です。
  「これが最後の一発か。たのむぞ」
   佐市は鉄砲をかまえると、八つの顔のバケモノが岩の上にたちあがったのです。
   そのとき、バケモノの着物の間から、大きなへそが見えました。
   佐市はへそにねらいをつけると、最後の一発を放ったのです。
  「ウギャアー!」
   ものすごい声をあげて、バケモノは岩の上から谷川へころげおちていきました。
   しばらくようすをうかがっていた佐市が谷川へでてみると、不思議な事に、バケモノの体はパラバラになって、水にとけていったのです。
   佐市は村の人たちに見せてやろうと、バケモノの頭を一つ取り上げました。
 けれども、一度水につかったバケモノの首は帰る途中でとけてしまい、残ったのは三十本ばかりの赤い髪の毛だけだったという事です。
おしまい