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3月10日の世界の昔話
動物のことば
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むかしむかし、あるところに、たいそう正直で働きもののヒツジ飼いがいました。
ある日のこと、いつものようにヒツジのせわをしていると、森のほうから、シュウシュウと、ふしぎな音が聞こえてきました。
ヒツジ飼いが音のするほうへいってみると、火事がおこっていました。
見れば、一匹のヘビがけむりにまかれて、くるしんでいます。
このままでは、ヘビは焼け死んでしまうでしょう。
「ヒツジ飼いさん。たすけてください!」
と、ヘビはくるしそうにさけびました。
ヒツジ飼いはかわいそうに思って、ヘビにながいつえをさしだしてやりました。
ヘビはつえをつたって、ヒツジ飼いの腕にはいあがってきました。
そしてヒツジ飼いの首に、しっかりとまきついてしまいました。
ヒツジ飼いはまっさおになって、ヘビをふりはなそうともがきました。
「なんてことをするんだ! たすけてやったのをわすれたのか!」
「こわがらないでください。わたしはヘビ王の息子です。父のご殿まで、わたしをつれていってください」
そこでヒツジ飼いは、ヘビを首にまきつけたまま歩きだしました。
ながいながいあいだ歩きつづけて、やっと、ヘビのご殿の門までたどりつきました。
ヘビのご殿の門は、たくさんの生きたヘビをあんで、つくってありました。
ヘビの王子が、ピューッと口笛(くちびえ)をふくと、門はサッと開きました。
ヘビの王子は、ヒツジ飼いにいいました。
「これから父のところへいきましょう。父はきっと、金や銀や宝石をあげようというでしょう。でも、そういうものをもらってはいけません。そのかわり、動物のことばがわかるようにしてくださいと、たのみなさい。はじめはいやがるでしょうが、どうしてもといえば、のぞみをかなえてくれます」
ヒツジ飼いとヘビの王子がご殿ヘはいっていくと、ヘビの王はなみだを流して喜びました。
「息子や。いったいどこへいっていたのだね?」
「おとうさま。森で火事にあって、焼け死にそうだったところを、この方にたすけていただいたのです」
ヘビの王はそれを聞いて、ヒツジ飼いにお礼をいいました。
そして、
「お礼には、なにをさしあげよう」
と、聞きました。
「はい、動物のことばがわかるようにしてくだされば、それだけでけっこうです」
と、ヒツジ飼いは、ヘビの王子にいわれたとおりにいいました。
「いや、それだけはやめたほうがよい。あなたがふしあわせになるだけです。動物のことばがわかるようになっても、もし、あなたがそのひみつをだれかにはなせば、あなたはたちまち死ぬことになるのですよ。なにか、ほかのものをあげましょう」
ヘビの王はなんとかして、ヒツジ飼いの気持をかえさせようとしました。
けれども、ヒツジ飼いは聞きいれません。
「そうですか。どうしてもいけないと、おっしゃるのなら、あきらめましょう。金も銀も宝石もいりません。それでは、ごきげんよう」
そういって、ヒツジ飼いは帰ろうとしました。
ヘビの王は、ヒツジ飼いをひきとめました。
「おまちなさい。それほどまでにのぞむのなら、しかたがない。あなたののぞみをかなえてあげましょう。それでは、口をあけなさい」
ヒツジ飼いが口をあけると、ヘビの王は、その中につばをはきました。
それからこんどは、自分の口の中につばをはくように、ヒツジ飼いにいいつけました。
これを三べんくりかえすと、ヘビ王はいいました。
「さあ、これで、あなたは動物のことばがわかります。しかし、命がたいせつだと思ったら、どんなことがあっても、このひみつを人にはなしてはいけませんよ。くれぐれも、気をつけるのですよ」
ヘビの王と王子にわかれをつげて、ヒツジ飼いは、ヒツジのまっている牧場へ帰りました。
まもなく二羽のカラスがとんできて、そばの木にとまると、カラスのことばではなしはじめました。
「このヒツジ飼いが、知ったらねえ」
「黒ヒツジのねている下に、穴ぐらがあって」
「金貨に銀貨や宝物が、たくさんあるんですものね」
「ヒツジ飼いにわかったら、どんなに喜ぶだろうね」
ヒツジ飼いはそれを聞くと、すぐに主人をよんで聞きました。
「この下に、もしかしたら、宝物があるかもしれませんよ」
二人が地面をほってみると、荷馬車(にばしゃ)にいっぱいの宝物がでてきました。
ヒツジ飼いの主人は、たいそうしんせつな人でした。
「これはみんな、おまえのものだよ。おまえが見つけたんだからね。これで家をたてて結婚して、しあわせにくらしなさい」
ヒツジ飼いは宝ものをもらって、家をたてて結婚しました。
ヒツジ飼いは、そのあたりでいちばんのお金持になりました。
こんどは人をやとって、たくさんのヒツジやウシやブタの番をさせました。
ある日、お金持はおくさんにいいました。
「あしたは、ヒツジ飼いたちの小屋に、ごちそうを持っていってやろう。酒や食べ物を、たっぷり用意しておくれ」
あくる日お金持は、おくさんといっしょに、ヒツジ飼いたちの小屋をたずねました。
お金持は、山のようなごちそうをだしてならべました。
「さあ、みんな。たべておくれ、飲んでおくれ、うたっておくれ。こんやはわたしがヒツジの番をするから、安心して、たのしむんだよ」
お金持は、ひさしぶりに牧場へいきました。
やがて、ま夜中になりました。
オオカミたちがやってきて、ヒツジの番をしているイヌにむかってはなしかけました。
「おい、ちょっとヒツジをもらうよ。あんたたちにも、肉をわけてやるから」
すると、イヌたちはこたえました。
「ああ、いいとも。おいしそうなところをたのむよ」
ところが、年をとって歯が二本しかのこっていないイヌだけは、ワンワンとオオカミにほえました。
「なんてひどいやつらだ! わしに歯がのこっているうちは、ご主人さまのヒツジに、指一本さわらせんぞ!」
動物のことばのわかるお金持は、この話をのこらず聞いていました。
夜があけると、お金持はヒツジ飼いたちに、
「あの年よりのイヌは、だいじにしてやりなさい。しかし、のこりのイヌたちには、おしおきをしなさい」
と、いって、おくさんと二人でウマに乗って家に帰りました。
お金持はオスウマに乗り、おくさんはメスウマに乗っていきました。
オスウマはかるがるとすすむのに、メスウマはおくれます。
オスウマは、メスウマをせきたてました。
「もうすこしはやく歩けないのかい? どうして、そんなにのろいんだ?」
メスウマは、こたえました。
「だって、あなたは一人乗せているだけですけど、わたしは二人乗せているんですもの。おくさんと、おくさんのおなかの中の赤ちゃんをね。おまけに、わたしのおなかにも赤ちゃんがいるのよ」
ウマの話を聞いたお金持は、うれしくなって笑いだしました。
おくさんはそれを見て、ふしぎに思いました。
「なにが、そんなにおかしいんですか?」
「べつに、ただちょっと、笑っただけだよ」
「いいえ、なにかわけがあったんでしょう。どうして教えてくださらないの」
わらったわけを、教えることはできません。
お金持は、
「なんでもないよ、なんでもないよ」
と、いいはりましたが、おくさんは承知しません。
家へ帰っても、しつこくわけを聞きたがりました。
そこでお金持は、
「もし、おまえにわけをはなせば、その場でわたしの命はなくなってしまうんだよ」
と、いい聞かせました。
するとおくさんは、あきらめるどころか、ますますはなしてくれと、お金持をせめたてました。
お金持はとうとうかくごをきめて、自分が死んだら入れてもらうかんおけをつくらせました。
かんおけができてくると、家の前へおかせていいました。
「さあ、それでは、かんおけにはいってからはなしてやろう。いったとたんに、死んでしまうのだから」
お金持はかんおけの中にねて、さいごの思い出に、あたりを見まわしました。
するとそのとき、歯の二本しかないあのイヌが、息をきらせてかけつけてきました。
そして、お金持のまくらもとにすわって、悲しそうになきました。
お金持はそれを見て、イヌにパンをやるようにいいつけました。
けれどもイヌは、パンには目もくれません。
そこへオンドリがやってきて、パンをせっせとつつきはじめました。
「はじ知らずめ! ご主人が死ぬっていうときに、パンなんかつついて」
と、イヌはオンドリをしかりつけました。
するとオンドリは、すましてこたえました。
「死にたい人は、死ねばいいのさ。バカバカしい。おくさんのわがままのために死ぬなんて」
それを聞いたお金持は、かんおけからおきあがって、
「まったく、そのとおりだ」
と、いいました。
そして、わがままなおくさんを、ピシャリピシャリとたたきました。
それからはおくさんは、すっかりおとなしくなって、笑ったわけを、もう二度と聞こうとはしなかったということです。
おしまい