|  |  | 福娘童話集 > きょうの新作昔話 > 二月の桜 2009年 2月16日の新作昔話
 
  
 二月の桜
 愛媛県の民話→ 愛媛県情報
  むかしむかし、桜谷というところに、おじいさんが孫の若者と一緒に住んでいました。むかしから桜谷には、大きな桜の木がありました。
 おじいさんは子供の頃から、この桜の木と友だちでした。
 春が来て満開の花を咲かせると、おじいさんは畑仕事もしないで、桜をうっとりとながめていました。
 そして花びらが散ると、おじいさんはその花びらを一枚一枚集めて木の下に埋めました。
 「今年も楽しませてくれて、ありがとうよ」
 さて、そのおじいさんもやがて年を取り、とうとう起きられなくなりました。
 二月の寒い日、おじいさんは北風の音を聞きながら、ぽつんと若者に言いました。
 「長いこと生きてきて幸せじゃった。だが死ぬ前にもう一度、桜の花を見たいものじゃ」
 「そんなこと言ったって、今は二月だ。いくらなんでも・・・」
 若者はそう言いかけて、口をつぐみました。
 おじいさんが目をつむり、涙をこぼしているのです。
 きっと、桜の花の姿を思い浮かべているのでしょう。
 「おじいさん、待っていろよ」
 若者はじっとしていられずに、外へ飛び出しました。
 そして冷い北風の中を走って、桜の木の下に行きました。
 今日は特別に寒く、桜の木もこごえるように細い枝先を震わせています。
 若者は、手を合わせて頼みました。
 「桜の木さん、どうかお願いです。おじいさんが生きている間に、もう一度だけ花を咲かせてください」
 若者は何度も何度も祈り続けて、夜が来ても木の下を動こうとはしませんでした。
 そして夜が明け、朝が来ました。
 桜の木の下で祈り続けていた若者は、あまりの寒さに気を失っていたのでしょうか。
 はっと気がつくと、あたりはまぶしいほどの光に満ちています。
 そして風の中に、ほんのり甘い香りがするような気がしました。
 若者はゆっくりと顔をあげて、桜の木を見あげました。
 「あっ!」
 なんと桜の木には、枝いっぱいに花が咲いていたのです。
 二月のこんなに寒い日に、それもたった一晩で咲いたのです。
 「ありがとうございます!」
 若者は何度も頭を下げて、それからおじいさんの待つ家へ走って帰りました。
 「おじいさん、私がおんぶするので、一緒に来てください」
 「なんじゃ? どうしたんじゃ?」
 若者は、よろよろと起きるおじいさんをおんぶすると、
 「さあ、出かけますよ」
 と、桜谷へ向かいました。
 やがて、桜の木がだんだん近づいて来ると、
 「おおっ・・・」
 おじいさんは驚いて言葉も出せずに、ただ涙をぽろぽろとこぼしました。
 「よかったですね。おじいさん」
 若者は、やさしく言いました。
 桜の花は朝日を浴びて、キラキラと光り輝いています。
 「これほど見事な桜の花を、わしは見たことがない。わしは本当に幸せ者じゃ」
 そうつぶやくおじいさんの声に、若者は涙をこらえてうなずきました。
 おじいさんは間もなく亡くなりましたが、それからも桜谷のこの桜の木は、毎年二月十六日になると、それは見事な花を咲かせたそうです。
 おしまい
 
  
 
 |  |  |