
  福娘童話集 > きょうの日本昔話 > 5月の日本昔話 > ばばいるか
5月9日の日本の昔話
  
  
  
  ばばいるか
 むかしむかし、山のなかの一けん家に、おじいさんとおばあさんがすんでいました。
   子宝にはめぐまれませんでしたが、ふたりはひともうらやむほどに、なかむつまじくくらしていました。
   あるとき、おじいさんがいいました。
  「ばば、わしもそろそろ年じゃ。いつ死なんならんやもしれんが、わしゃ、死んでも墓にゃ入りとうない。いつまでも、このざしきにおいてくれ」
   それからいく日もせず、ほんとうにおじいさんは、ポックリ死んでしまったのです。
  「じいさまとの約束じゃ。墓にうめるこたあでけん」
   おばあさんはそういって、おじいさんを生きていたときのまんまのすがたで、ざしきにかざっておいたそうです。
   そして、死んだおじいさんが夜になると、
  「ばばいるか、ばばいるか」
  と、よぶのです。
   おばあさんはそのたびに
  「ああ、ああ、おるわいやあ」
  と、へんじしていましたが、まい夜、こうへんじばっかしていては、村に用たしにもでられず、こまっていました。
   そんなあるばんのこと、だれかが家の戸をたたきます。
  「こんなおそうに、いったいだれやろう」
   戸をあけてみますと、大きな荷物をしょった男がたっていました。
  「わたしは薬売りじゃけんど、とちゅう道にまようてしまい、日はくれるやら山道やらで、ホトホトこまっとるけん、どうか今夜ひとばんとまらしてもらえんじゃろか」
   男はいってたのみました。
  「そりゃあ、なんぎなことで。こがなきたなげなうちでよけりゃあ、さあさ、とまりんさい」 
  「こりゃあ、ありがたい。地獄で仏とは、このとこじゃ。そんならひとばんおたのみもうします」
   そういうて薬売りは荷をおろすと、足を洗って、いろりにすわりました。
   するとおばあさんは、こりゃあええとばかり、
  「薬屋さん、お客のあんたにたのんではえらいすまんが、わしゃあ、今夜あんたがきてくれたをさいわいに、ちょっとばかり用たしにでてくるからに、るすばんしとってもらえんやろか。じきにもどるけん」
  「ああ。そのくらい、たやすいこと。まあ、いってきんさい。わたしがるすばんしよるわい」
   おばあさんはよろこんで、そそくさと身じたくをすますと、
  「じつはな、おくのざしきに死んだじいさまをまつってあるが、わしをこいしがってからに、ときどき、『ばばいるか、ばばいるか』いうてたずねるけんのう、そのときにゃあ、『ああ、ああ、おるわいやあ』ていうてやってくだされ。それだけでいいけんのう」
  「はあ、たやすいことで。そんなら、いってきんさい」
   そうはいったものの、薬売りはひとりになってみて、
  「なんや、心細うなってきた。こまったことをうけおうたぞ」
  と、おもいましたが、このあたりには、ほかにうちもないので、しかたありません。
   するとさっそく、おくのざしきから、
  「ばばいるか、ばばいるか」
  と、おじいさんのこえがしました。
  「ああ、ああ、おるわいやあ」
   薬売りは、おばあさんに教えられたとおりにへんじしましたが、またしばらくすると、
  「ばばいるか、ばばいるか」
   ぶきみなこえに、せすじがゾゾッとします。
  「ああ、ああ、おるわいやあ」
   薬売りのこたえるこえが、ふるえてきました。
   すると、またじきに、
  「ばば、今夜は寒いのう。かぜひかんよう、ぬくうしとれや」
   さっきとはちがう言葉に、薬売りはなんとこたえていいかわからず、
  「ああ、ああ、おるわいやあ」
  と、いうと、
  「ばば、わしのいうことをきいとらんのかい」
   あわてた薬売りは、
  「ああ、ああ、おるわいやあ」
   またおなじ返事をすると、
  「ばば、ばば、ほんとうにばばかえ」
   ふすまがスーッと開いて、おくのざしきから骨と皮ばっかりのおじいさんがでてきました。
  「ウギャーーーー!」
   薬売りはおそろしくなって、そのまま外に逃げだしてしまいました。
   すると、骨と皮のおじいさんが、
  「ばば、まってくれ。わしをおいていくな」
   逃げる薬売りを追いかけていき、二度ともどって来なかったそうです。 
おしまい