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5月18日の日本の昔話
  
  
  
  おかみすり
 むかしむかし、ある山寺に、すなおで正直な小僧さんが、和尚(おしょう→詳細)さんと二人ですんでおりました。
   ある日のこと、小僧さんがそうじをしていると、和尚さんが帰ってきました。
  「和尚さま、お帰りなさい」
  「おほん! そうじはすみからすみまでていねいに、時間をかけてな、わかっとるやろな」
   などといいながら、和尚さんはすまして自分のへやへむかいます。
   そのとき、さいふを落としたのに気がつきません。
   和尚さんは、まわりをキョロキョロ見まわしてからへやへ入り、そうっとしょうじをしめた。
   ところでこの和尚さん、川魚のアユが大こうぶつです。
   そのころのお坊さんは、魚を食べてはいけないことになっていました。
   だから和尚さんは、いつもこっそりかくれて、アユを食べていたのです。
   きょうもまた、こっそりアユを食べようと、ふところからつつみを取り出して、
  「まったく、アユちゅう魚は、すがたといい、かおりといい、味といい、天下一品や」
  と、和尚さんはニンマリ。
   そのとき、しょうじが開いて小僧さんが顔を出しました。
  「和尚さま、さいふを・・・。あれっ? 和尚さまは魚を食べてはるんですか?」
  「いやその、こ、これは魚じゃないぞ」
  「では、なんなんですか?」
  「おほん、これはな、おかみすりというもんや」
  「おかみすりって、あの頭をそるときのでござりますか?」
  「そうや、わしはこのおかみすりが大すきでのうっ」
  と、いいながら、和尚さんはアユをおいしそうに食べました。
   さて、つぎの日。
   小憎さんは、遠いところまで法事(ほうじ)に出かける和尚さんのおともをすることになりました。
  「そうや! いただいたかさを持っていって、だいじにしているところを見せんとな」
  と、雨もふっていないのに、小僧さんにかさを持たせました。
  「ではいくぞ、おとなしくついてくるんだぞ」
  「へえ〜い」
   和尚さんの乗ったウマが、パッカパッカといくあとを、小僧さんはかさをかかえてついていきます。
  「小僧や、川やぞ!」
   大きな川を、ウマに乗った和尚さんは、ザッパ、ザッパとわたります。
   小僧さんも、いっしょうけんめい追いかけました。
  と、たくさんのアユが、川のあちこちにいるではありませんか。
   小僧さんは、前をいく和尚さんに大声でいいました。
  「和尚さま、いつも食べておられるおかみすりちゅうもんが、ほれ、たくさん泳いどります。和尚さまこうぶつのおかみすりが」
   そばを通りかかった旅人が、おかしそうに顔を見あわせました。
   和尚さんは、あわてていいました。
  「ばかもの。なにをねぼけておる。急ぐんや」
  「ええ〜っ?」
   和尚さんは、あとをついてくる小僧さんに、こういいました。
  「ええな、なにごとも聞いたら聞きながし、見たら見すごして、なにがおきてもだまってついてくるんや」
  「へえ」
   小僧さんは首をかしげるばかりです。
   パカパカ、パカパカ。
   ウマに乗った和尚さんのあとから、小僧さんはだまってついていきました。
   すると、また川がありました。
  「小僧や、また川やぞ。ものをおとすでないぞ」
  と、いう和尚さんが、川のとちゅうで、タバコ入れを落としました。
  「あっ、タバコ・・・」
   あわてて口をおさえた小僧さんは、流れるタバコ入れを見送りました。
  (そうや、なにがおきてもだまってついてこい、そういわはった)
   そうしてまた、しばらくすると、ウマからおりた和尚さんがいいました。
  「ここらで、いっぷくしよか」
   道ばたの石にこしかけた和尚さんが、タバコ入れをさがします。
  「はて? タバコ入れがないぞ。おまえ、落ちたのに気づかなんだか?」
   小憎さんは、口をモゴモゴさせて、あわてて手でおさえました。
  「なんや、ハッキリいうてみい」
  「へえ、二つめの川で、ウマがちょいとこけたとき、ポチャンと落ちてプカプカ流れていきました」
  「なんでひろわないのや!」
  「ひろおうと思うたけど、なにがおきてもだまってついてこいて、えらいおこられましたやろ。ほんで」
   和尚さんはあきれかえって、小憎さんをどなりつけました。
  「ばかもん! これからは、ウマから落ちたもんがあったら、なんでもひろうんや、ええな!」
  「へ〜い」
   いまさらどうしようもないので、二人は一休みすると出発しました。
   パカッパカッ。
   法事のある家までは、まだまだ長い道のりです。
   そのうち、和尚さんが乗ったウマが、おしりから、ポタポタ、ポタポタと、なにやら落としはじめました。
   小僧さんは、(ウマから落ちたもんがあったら、なんでもひろうんや)といった和尚さんのことばを思いだし、
  「けど、どうしてひろうたらええやろ。・・・そうや!」
   小僧さんは、ウマのすぐ後ろまで走っていって、持っていたかさをひろげると、
  「よいしょっと」
   落ちるフンを、かさでうけとめました。
  「ほい、やっ。こらよっ。和尚さま、ウマから落ちたもんがいっぱいで、もう持てません」
  「なんやて?」
   ふりむいた和尚さんは、もうビックリ。
  「ばかもん! 大切なかさで、そんなもんを! ぜ〜んぶ川にすててくるんや!」
  「でも、ウマから落ちたものは、なんでもひろえと、和尚さまがいわはった」
  「ばか正直にもほどがある。はよう! きれいさっぱり流してこい」
  「へ〜い!」
   小僧さんは、あわてて川のほうへ走っていき、川でかさをあらいながら首をかしげていました。
  「和尚さまのいわはるとおりしとるのに、なんでしかられるんやろ」
   そのとき、きれいに洗ったかさの中に、川を泳いでいたアユが入ってきました。
   川岸で見ていた和尚さんは、そのアユがほしくてたまりません。
  「ほほう、みごとなアユじゃ。小僧のやつ、あのまま持ってくればよいが」
   和尚さんがそう思っているのも知らず、小僧さんは、
  「きれいなおかみすりやあ。けど、和尚さまはぜんぶ川にすててこいといわはった。そうや、かさもぜんぶすてなくちゃいかんのや」
  と、かさをポーンと投げすててしまいました。
   かさは川のまん中に落ちて流れていきます。
  「和尚さま、おいいつけどおり、ぜんぶ流しておきましたあ」
  「ああ、わしのこうぶつのアユばかりか、大切なかさまでも。とほほほ」
   かさはドンドンながれていって、ついに見えなくなりました。
おしまい