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5月28日の日本の昔話
  
  
  
  おいてけぼり
 むかしむかし、あるところに大きな池がありました。
   水草がしげっていて、コイやフナがたくさんいました。
   でも、どういうわけかその池で、釣りをする人はひとりもいません。
   それはあるとき、ここでたくさんフナを釣った親子がいたのですが、重たいビク(→さかなを入れるカゴ)を持って帰ろうとすると、突然、池にガバガバと波がたって、
  「置いとけえー!」
   世にも恐ろしい声がわいて出ました。
  「置いとけえー!」
   おどろいた親子は、さおもビクもほうり出して逃げ帰りました。
   そして長い間、寝こんでしまったのです。
   それからというもの、恐ろしくて、だれも釣りにはいかないというのです。
  「ウハハハハハッ。みんな、いくじのない」
   うわさを聞いた、三ざえもんという人がやってきました。
  「よし、わしがいって釣ってくる。なんぼ『置いとけえー』ちゅうても、きっとさかなを持って帰ってくるからな、みんな見とれよ」
   三ざえもんは大いばりで池にやってくると、釣りをはじめました。
   初めは一匹も釣れませんでしたが、
   ゴーン、ゴーン。
   夕ぐれの鐘が鳴ると、とたんに釣れて、釣れて、釣れて、ビクはたちまちさかなでいっぱいです。
  「さあて、帰るとするか。さかなはみんな、持って帰るぞ」
   すると、池に波がガバガバガバ。
  「置いとけえー!」
   恐ろしい声が聞こえました。
  「ふん、だれが置いていくものか」
   三ざえもんは、肩をゆすって歩きだしました。
   ところが、しばらくすると、後ろからだれかついてくるのです。
   見ると、それはきれいな姉さまです。
   姉さまは、三ざえもんに追いつくといいました。
  「もし、そのさかな、わたしに売ってくれませんか?」
  「気のどくだが、これはだめだ。持って帰る」
  「そこを、なんとか」
  「だめといったらだめなんだ!」
  「どうしても? こうしても?」
   姉さまはかぶっていた着物を、バッとぬぎすてていいました。
  「置いとけえー!」
   姉さまの顔を見た三ざえもんは、ビックリしました。
   姉さまの顔は目も鼻もない、口ばかりの、のっペらぼう(→詳細)だったのです。
  「えい、のっぺらぼうがなんじゃい! さかなは置いとかんぞ!」
   さすがは、ごうけつの三ざえもんです。
   しっかりさかなを持って、家に帰ってきました。
  「ほれ、ほれ、帰ったぞ。たくさん釣ってきたぞ」
   三ざえもんは得意になって、おかみさんにいいました。
  「こわいもんに、出会わなかったかえ?」
  「出会った、出会った」
  「どんな?」
   おかみさんが、ふり向いていいました。
   そして、ツルリと顔をなでると、
  「もしかしたら、こんな顔かい?」
   とたんに、見なれたおかみさんの顔は、目も鼻もない、口ばかりののっペらぼうになりました。
  「置いとけえー!」
   さすがの三ざえもんも、気絶(きぜつ)してしまいました。
   やがて、目をあけた三ざえもんは、しばらくなにがなんだかわからず、キョロキョロとあたりを見回しました。
   たしかに家へ帰ったはずなのに、そこはさびしい山の中で、さかなもさおも、ぜんぶ消えていたのです。
おしまい