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7月19日の小話

かみなりぎらい
   むかし、むかし、江戸に、民之助(たみのすけ)というさむらいがおりました。
   このさむらい、酒は大好きですが、こまったことに、かみなりさまが大きらいです。
   それも、はんぱではなく、遠くのほうで、ゴロゴロといっただけで、もう、体中がふるえるというありさま。
   そんなことだから、つとめにもさしつかえるし、嫁のきてもありません。
   ある日のこと、このかみなりぎらいが、仲のよい友だちと、いいきげんで、酒を飲んでおりました。
  「おい、民之助。おまえは、どえらくかみなりさまがきらいだが、そんなものぐらい、自分で何とかならんのか」
  「ならん。かみなりがこわいなんて、われながら意気地(いくじ)がないとおもうが、そいつだけは、ならん」
  「どうにもならんというのか」
  「うーむ。なにしろ、かみなりのきそうな日は、もう、朝のうちから、気がおちつかん。それに、いったん、ゴロゴロと鳴りだしたら、身もたましいも、この世にありはせん」
   民之助は、いかにもつらそうに、正直なところを、白状(はくじょう)しました。
   それをきいた友だちは、心の中で、
  (この男、剣を持たせりゃ、なかなかのうでまえのくせに、おかしなやつだ)
  と、しばらく、じいっと考えていましたが、
  「ああ、そうそう。おまえ、酒のほうは、おおいにいける口だったな」
  「うん、こいつがなくては、これまた、身もたましいもこの世にないわ。はははっ」
  と、民之助が、にがわらいすると、友だちは、
  「そうか、それなら、おまえのかみなりぎらいが、ピタリと、とまる方法があるぞ」
  「えーっ! そんなうまい方法がか? ぜひおしえてくれ!」
  「うむ。だが、おしえたところで、やれるもんか」
  「なにをいう。やれるかやれんか、ためしてみんことには、わかるまい」
  「では、おしえるが。いいか。これをやめるんだ」
  「なに?」
  「おまえのすきな、この酒を、きっぱりやめてみろというんだ。だが、やめるといっても、そう長いことではない。かみなりが鳴りだすまでだ。鳴りだしたら、とたんに、飲みはじめてかまわん。どうだ」
  「よしっ。やってみせる!」
   それからというもの、民之助は、友だちとの約束を、とにかく守った。
   あれほどすきな酒を、じーっと飲まずにがまんしました。
   あつさのきびしいときや、つかれのひどいときなどは、たまらなく、
  (ああ、一ぱい飲みたいなあ。いやいや、こういうときこそ、がまんせにゃ)
  と、がんばりにがんばりました。
   するとある日、雨雲が空いちめんにひろがりました。
  (そうら、酒が飲るぞ)
  と、民之助は、おどりあがって、酒のしたくに台所ヘ走ります。
  ピカッ!
   とっくりをつかんだとたんに、いなびかり。
  ゴロ、ゴロ、ゴロー!
  「やれ、ありがたや。よくきてくれて、かみなりどの」
   茶わんととっくりを、えんがわに持ちだすと、民之助は、どっかりとあぐらをかきました。
  ゴロ、ゴロ、ゴロー!
  ザザザザーッ!
   かみなりは鳴る、雨はたきのようにふる。
   それだというのに、民之助は、うれしそうに酒を飲んでいます。
   かみなりのこわさよりも、お酒が飲るうれしさの方が、強かったのでしょう。
 それから、民之助のかみなりぎらいは、なおったと言うことです。
おしまい