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2009年 5月11日の新作昔話
美しい顔
ジャータカ物語 → ジャータカ物語について
むかしむかし、インドのある国に、とても美しい娘がいました。
父親はこの美しい娘をとても可愛がっていたのですが、ある日、娘が父親の大切な茶わんを割ってしまったので、父親は娘をしかりつけました。
すると娘は、しくしく泣きながら家を飛び出すと、
「こんな家、もう二度と帰らないわ」
と、山へ行って、松の木に登りました。
その松の木の下には、きれいにすんだ小さな湖があり、娘が上からのぞくと美しい娘がうつりました。
「あら、きれい」
娘は泣くのをやめて、水にうつった自分の美しい顔を、あきずに見つめていました。
そこへ、肩に水がめをかついだ一人の召使いが、水汲みにやってきました。
そして水を汲もうとかがんだ時、水にうつっている美しい顔に気がつきました。
召使いは、それを自分の顔がうつったものだと勘違いしたのです。
「まあ、わたしの顔は、何てきれいなんでしょう」
召使いは水を汲むのも忘れて、水にうつった美しい顔を、うっとりとながめながら考えました。
「わたしは、こんなにきれいになったんですもの、もう召使いなんかやることないわ。水汲みなんで、ごめんよ」
召使いはそう言うと、持っていた水がめを思いきり地面に叩きつけて割ってしまいました。
そして、すっかり得意になった召使いは、元気よく主人の家に帰ってきて言いました。
「ご主人さま、わたしはいつの間にか、ずいぶんと美しくなっていました。もう、召使いなどいたしません。水汲みもいたしません」
それを聞いた主人は、
「美しい? お前、もしかして目が悪くなったのかい?」
と、心配そうにいってから、
「お願いだから、もう一度、池へ行って水を汲んできなさい」
と、嫌がる召使いに、水がめをわたしました。
「もう! 今度だけですからね!」
召使いは腹を立てながら、また山の池へ来ました。
鏡のような池の水には、やはり美しい顔がうつっていました。
それを見た召使いは、
「やっぱり、わたしは本当に美しくなったんだわ」
と、安心すると、また、水がめを地面に投げつけて割りました。
この様子を木の上からじっとながめていた美しい娘は、おかしくなって思わず、
「ふふふ」
と、笑いました。
するとそれに合わせて、水にうつっている美しい顔も笑います。
「あら? わたしは笑っていないのに、どうして水に映っている私が笑うの?」
召使いは、はっとして松の木を見あげました。
するとそこには、水にうつっている顔と同じ美しい娘が、にこにこ笑っていたのです。
「もしかして、今まで私の顔と思っていたのは?!」
召使いは自分の勘違いに恥ずかしくなり、手ぬぐいで顔を隠すと一目散に逃げてしまいました。
おしまい
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