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第 111話
ま夜中の笑い声
埼玉県の民話 → 埼玉県情報
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むかしむかし、武蔵の国(むさしのくに→埼玉県)に、タヌキやキツネのすみかとなっている古い城跡がありました。
その城跡の近くに山寺があり、ある晩、この山寺で連歌(れんが)の会が開かれました。
連歌と言うのは、和歌の上の句と下の句を次々と読み続けて行く遊びです。
さて、この連歌の会に集まった人の中に、連歌作りが下手な男がいました。
自分が句を読む番が来ても、
「・・・あの。・・・その。・・・えーと」
と、考え込むばかりで、すぐに言葉が出てきません。
そのために、みんなはイライラしていました。
(まったく、まだ考えているのか?)
(あいつがいると時間がかかるばかりで、ちっとも面白くねえ)
待ちくたびれたみんなは別の部屋へ引き上げたり、便所に行ったまま戻ってこなかったりして、だんだんと人数が少なくなっていきました。
それでも下手な男は腕を組み、首をひねりながらいつまでも考え込んでいます。
やがて夜中の二時を過ぎた頃、どこからともなく、
「あっはっはっは」
と、不気味な笑い声が聞こえてきました。
そこにいた者たちは、ビックリです。
笑い声はだんだん大きくなり、隣の部屋から聞こえて来るのが分かりました。
「よし、わしが確かめてやる!」
気の強い男が、隣の部屋のふすまを開けました。
でもそこには、歌会を抜け出した人たちが静かに眠っているだけでした。
「おかしいな?」
みんなが顔を見合わせたとたん、
「あっはっはっは」
と、笑い声が火ばちの中から聞こえて来ました。
急いで中を調べましたが、とくに変わった物はありません。
でも、よく調べてみると、笑い声は火ばちの下の床下から聞こえて来るようです。
「さては、キツネかタヌキの仕業か?」
そこで思い切って、床板をはがしてみました。
そのとたんに、床下から黒いイヌのような物が飛び出しました。
「うひゃー!」
みんなが後ろへ下がると、黒い物は仏壇(ぶつだん)の中へ飛び込みました。
「今のは、キツネか?」
「いや、タヌキかもしれないぞ」
「そうじゃない。あれはきっと、お化けだ」
その騒ぎに寝ていた人たちも起き出してきて、一緒に仏壇の中を調べてました。
でも何も変わったところはなく、それっきり笑い声は聞こえて来ませんでした。
「こうなれば連歌読みは終わりにして、お化けの正体を確かめよう。外へ逃げた様子はないから、この部屋の中にいるはずだ」
みんなは戸締まりをすると、夜が明けるのを待ちました。
中でも自分の歌が遅いのをお化けにまで笑われてしまった男は、必ずそいつを捕まえてやろうとはりきっていました。
やがて夜が明けたので、みんながもう一度仏壇を調べてみると、お供え物のまんじゅうがすっかりなくなっていて、花びんが倒れたままになっていました。
「食い物を持っていくところをみると、やっぱりキツネかタヌキだろう。しかし、どこへ逃げたのやら」
みんなが順番に仏壇をのぞきこみ、最後に歌読みの下手な男がのぞきこんだとたん、目の前の仏像がいきなり口を開けて、
「あっはっはっは」
と、笑い出したのです。
「で、でた!」
突然の出来事に、みんなは腰を抜かさんばかりに驚きました。
あの歌読みの下手な男などは、転がるようにして部屋の外へ逃げ出しました。
それを見た仏像は、ますます大笑いです。
それでも、気の強い男が、
(仏像が笑うはずがない。きっと、何かが化けているに違いない)
と、長い棒を持って来て、仏像の頭をなぐりつけようとしました。
そのとたん、仏像はタヌキの姿になって外へ飛び出して行きました。
それから一人で家に逃げ帰った歌読みの下手な男は、タヌキにまでバカにされたことをはずかしがって、もう二度と連歌を読まなくなったという事です。
おしまい
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