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第 186話
生前の記憶を持って生まれた赤ん坊
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むかしむかし、越中の国(えっちゅうのくに→富山県)の百姓家に、一人の男の子が生まれました。
ところがこの赤ん坊は、母親のお腹から生まれ出てくるなり、
「ああ、腹が減って死にそうだ。何か食わせてくれ」
と、言ったのです。
お産婆のおばあさんは、腰を抜かすほどびっくりしました。
「赤ん坊が、赤ん坊が口をきいた!」
この声を聞いて、部屋に入ってきた主人や親戚の人たちは、
「そんな馬鹿な事を。生まれたばかりの赤ん坊が、口をきくはずがないだろう」
と、生まれたばかりの赤ん坊を見て、笑い出しました。
すると赤ん坊は、小さな目を開いて、
「さあ、おも湯でも何でもいいから、早く食わせてくれ」
と、みんなの前で再びしゃべったのです。
「こんな馬鹿な?」
みんなはびっくりしながらも、すぐにおも湯を作って赤ん坊に差し出しました。
すると赤ん坊は、たちまちおも湯を飲み干すと、
「ああ、うまかった」
と、満足そうにうなずきました。
この話しは、すぐに名主の元へと届きました。
「生まれたばかりの赤ん坊が口をきくなんて、何かの聞き間違えだろう?」
名主はそう言いながらも、百姓家にやって来ました。
すると赤ん坊は、名主の顔を見るなり、
「お前が名主か?」
と、言ったのです。
その、あまりにも堂々とした言いように、名主は思わず頭を下げて答えました。
「はい。わたしが名主でございます」
「そうか。わしがこの家の跡取りだ。これからもよろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
名主はそう言うと、慌てて百姓家を飛び出して、役所の役人にしゃべる赤ん坊の事を知らせました。
それを聞いた役人は、信じられないという顔です。
「名主のお前が、うそを言うはずはないが、しかしまさか、そんな事は」
「まさかも何も、赤ん坊は確かにわたしを見て、『おまえが名主か?』と、言ったのです」
「・・・よし、それなら、赤ん坊を連れて参れ」
次の朝、赤ん坊を抱いた主人が、名主につきそわれて役所へと行きました。
ところが今まで機嫌良く歌などを歌っていた赤ん坊が、役所の門をくぐったとたん、しゃべるのを止めてしまったのです。
「それが、口をきく赤ん坊か。さあ、しゃべらせてみよ」
役人の言葉に、主人が言いました。
「さあ、お役人さまに、ごあいさつをするんだ」
「・・・・・・」
「これ、どうした? さっきまで歌を歌っていたじゃないか」
「・・・・・・」
主人も名主も赤ん坊にしゃべるように言いますが、赤ん坊は何も言いません。
「なんだ、何も言わぬではないか。いいかげんな事を言うと、ただではおかんぞ!」
ついに役人は怒り出して、三人を追い返してしまいました。
家に戻ってきた主人と名主は、赤ん坊に尋ねました。
「どうして、急に口をきかなくなったのだ? おかげで、役人を怒らせてしまったではないか」
すると赤ん坊は、再び口を開いてこう言いました。
「ふん、あの小役人め。わしの方がずっと偉いのに、上座で偉そうにしやがって。もし役人が下座に座るのなら、しゃべってもいいぞ」
これを聞いた名主は、
(もしかするとこの赤ん坊は、とても身分の高い人の生まれ変わりかもしれない)
と、思いました。
そこでもう一度役所へ行き、この事を役人に話すと、役人も承知しました。
「いいだろう。それでは、もう一度だけ連れてまいれ。試しに、わしが下座に座ってやるから」
次の日、主人は赤ん坊を抱いて、再び名主と一緒に役所へ出かけました。
「さあ、上座を空けておいたぞ」
役人は下座に座ると、主人に命じて赤ん坊を上座に座らせました。
すると赤ん坊が、いきなりこう言ったのです。
「そこの者、頭が高い!」
びっくりした役人は、思わず頭を深々と下げました。
それを見た赤ん坊は、満足そうに言いました。
「わしは、加賀中納言の身内の者。この事を一刻も早く加賀の城へ知らせろ」
加賀中納言といえば金沢の殿さまで、徳川幕府の中でも指折りの大名です。
この役人にとっては、まさに雲の上の存在なので、役人が小役人呼ばわりされても仕方ありません。
「ははあ」
役人は慌ててひれ伏すと、おでこを畳に下にすりつけました。
「ただちに、お知らせいたします」
さあ、これを見ていた主人と名主はびっくりです。
名主が、恐る恐る尋ねました。
「お前、いや、あなたさまのおっしゃった事は、本当ですか?」
すると赤ん坊は、大きく頷いて言いました。
「うそではない。本当の事だ」
さて、家に戻った主人は、この事を奥さんに話しました。
すると奥さんは、こう言ったのです。
「そういえば、この子が生まれる前、とても不思議な夢を見ました。
枕元に見知らぬお侍が現れて、
『お前の生む子どもは、さる大名の身内である、心して生めよ
』
と、でも、そんな事は信じられなくて、誰にも言えなかったのです」
「なるほど、そうであったか。それにしても加賀さまの身内が、どうしてわしらの子どもに生まれてきたのだろう?」
主人は不思議に思いましたが、ともかくも大事な赤ん坊なので、それは大切に育てようと思いました。
さて、役人から知らせを受けた越中の国(えっちゅうのくに)の殿さまが、すぐに金沢へ使いを出しました。
するとすぐに、加賀の殿さまから返事があって、
「その赤ん坊は、間違いなく自分の身内である。どうか、くれぐれも大事に育ててほしい」
と、乳母が二人も送られてきたのです。
そして百姓の家は、たちまち立派な屋敷に建て替えられて、さらに加賀の殿さまからは、毎月の生活費や生活道具が与えられたので、貧乏だった百姓一家は何不自由なく暮らすことが出来ました。
でも、赤ん坊が生前の記憶をはっきりと持っていたのは一歳くらいまでで、大きくなるにつれて生前の記憶が薄れていき、物心ついた頃には、自分が加賀の身内であったことはすっかり忘れてしまったそうです。
おしまい
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