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4年生の江戸小話(えどこばなし)
かみなりぎらい
むかしむかし、江戸に、民之助(たみのすけ)という侍(さむらい)がいました。
この侍、困った事に、かみなりさまが大嫌いなのです。
それもちょっとやそっとではなく、遠くの方で『ゴロゴロ』と鳴っただけで、もう体中がブルブルと震えるほどです。
そんな事だから、嫁のきてもありませんでした。
ある日の事、このかみなり嫌いが仲の良い友だちと酒を飲んでいました。
「おい、民之助。お前はえらくかみなりさまが嫌いだが、そんな物ぐらい、自分で何とかならんのか?」
「ならん! かみなりが怖いなんて、我ながら意気地(いくじ)がないと思うが、そいつだけはどうにもならん!」
「どうしてもか?」
「ああ、何しろ、かみなりの来そうな日は、もう朝から気が落ち着かん。それにいったん、ゴロゴロと鳴り出したら、身も心も飛んでいって、この世にはない」
民之助はつらそうに、正直なところを白状(はくじょう)しました。
それを聞いた友だちは、心の中で、
(この男、剣を持たせばなかなかの腕前なのに、おかしな奴だ)
と、思いながら、しばらくと考えていましたが、
「ああ、そうそう。お前、酒の方は、いける口だったな」
「いけるもなにも、こいつがなくては、これまた身も心も、この世にないわ。あはははっ」
民之助が苦笑いすると、友だちはピシャリと膝を叩いて言いました。
「そうか、それなら、お前のかみなり嫌いが、ピタリと止まる方法があるぞ」
「えーっ! そんなうまい方法がか? ぜひ教えてくれ!」
「うむ。だが、結構辛い事だぞ。教えたところで、やれるかどうか」
「何を言う。やれるかやれんか、試してみんことにはわかるまい」
「では、教えよう。いいか。これをやめるんだ」
「なに?」
「お前の好きな酒を、きっぱりやめてみろと言っているのだ。だがやめるといっても、そう長い間ではない。かみなりが、鳴り出すまでだ。鳴り出したら、とたんに飲み始めて構わんぞ。どうだ」
「よしっ。やってみせる!」
それからというもの、民之助は友だちとの約束をとにかく守りました。
あれほど好きな酒を、一滴も飲まずにがまんしました。
暑さのきびしい日や疲れのひどい時などは、たまらなく酒が飲みたくなります。
(ああ、一杯飲みたいなあ。いやいや、こういう時こそ、がまんだ。かみなり嫌いを治すためだ)
するとある日、雨雲が空一面に広がりました。
(そら、酒が飲るぞ)
民之助は踊りあがって、酒の支度に台所ヘ走ります。
ピカッ!
とっくりをつかんだとたんに、稲光が走り、
ゴロ、ゴロ、ゴロー!
と、かみなりが鳴りましたが、
「ありがたや。よく来てくれた、かみなりどの」
と、民之助は茶わんととっくりをえんがわに持ち出すと、どっかりとあぐらをかきました。
ゴロ、ゴロ、ゴロー!
ザザザザーッ!
かみなりは激しく鳴り、雨は滝のように降ります。
しかし民之助は、うれしそうに酒を飲んでいます。
かみなりの怖さよりも、お酒が飲るうれしさの方が強かったのです。
こうして民之助のかみなり嫌いは、すっかり治ったということです。
おしまい
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