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6年生の江戸小話(えどこばなし)
切腹浪人(せっぷくろうにん)
今日は大みそかで、米屋の店先は人でごった返しておりました。
その人ごみを押し分けて、一人の浪人(ろうにん)が店の中にかけこんできました。
「ごめん」
浪人はペタリと土間(どま→家の中で、床を張らずに地面のままの所)に座ると、何も言わずにもろはだを脱いで、刀を腹ヘつきたてようとします。
おどろいた主人が、浪人のところにかけよりました。
「まあ、まあ、落ち着いて」
主人は浪人の手から刀を取り上げると、浪人にたずねました。
「これは一体、どうしたわけでございます?」
たずねられた浪人はぴたりと両手をついて、頭を低く下げると言いました。
「それがし、元は、さる大名(だいみょう→とのさま)に奉公(ほうこう→つとめること)つかまつりし、いささか名のある者。
なれど、腹黒き同輩(どうはい→おなじ地位のなかま)のたくらみにて主家(しゅか→主人の家)をおわれ、それよりこのかた八年。
辛苦(しんく→つらいめにあって苦しむこと)の中に何とか命をつなぎまいったは、ごっ、ご主人さま。
ひとえに、ひとえにあなたさまのおかげにございまする」
浪人は涙を流すと、言葉を続けました。
「されば、今日の大みそか。
何といたしても、こちらさまヘのつもる借金(しゃっきん)。
払いもうさねばあいすまぬしだいと、朝より八方かけめぐり、苦心(くしん)に苦心いたせども、ああ悲しや、うらめしや、どうしてもくめんつかず、それゆえまことにもうしわけなく、ただ、ただ、今はおわびのために、この腹かっきって死のうとの覚悟。
なにとぞ、なにとぞ、この場で死なせてくださりませ」
浪人の心のこもった言葉に、米屋の主人も思わず涙をこぼしました。
「いや、まことに、お見上げもうしたお人がら。
さっ、ささ。どうぞ、どうぞ、お手をおあげなされ。
そのようなおぼしめしなら、お金の方は、いつでもよろしゅうございまする。
お金のご心配をなさらず、どうか奥でごゆっくり、お酒などを召し上がってくだされ」
主人のあたたかい言葉に、
「おこころざしは、かたじけのうございまするが」
と、浪人は立ちあがって刀を受け取ると、主人に言いました。
「こんにちは、一年に一度の大みそか。まだあちらこちちに、腹を切りに回らねばなりませぬ。・・・ごめん」
そして浪人は、次の借金相手のところへ飛んでいきました。
おしまい
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