５年生の日本民話



頭をそられた男
山梨県(やまなしけん)の民話

　むかしむかし、ある村に、とても気の強い若者(わかもの)がいて、
「おれはキツネにだってタヌキにだって、一度もだまされたことがない。キツネやタヌキにだまされるのは、だまされる方が悪いんだ」
と、いつもいばっていました。
　ある日の事、若者(わかもの)が村はずれの道を歩いていると、向こうから一匹(１ぴき)のキツネがやってきました。
(ははん。さては人をだましにきたな)
　若者(わかもの)は、あわてて草むらの中にかくれました。
　キツネはあたりをキョロキョロと見ていましたが、そのうちに一枚(いちまい)の葉っぱを取り出すと、それを頭へのせて、ドロンと美しい娘(むすめ)に化けたのです。
(なるほど、たいしたものだ)
　若者(わかもの)が感心していたら、娘(むすめ)に化けたキツネは道に落ちていたわらぞうりをひろいました。
　すると、そのわらぞうりはごちそうを入れる重箱(じゅうばこ)にかわったのです。
　重箱を持った娘(むすめ)は、なにくわぬ顔で村の方へと歩いていきます。
　若者(わかもの)がこっそりあとをつけていくと、娘(むすめ)は長者(ちょうじゃ)さんの家に入りました。
　そんな事とは知らない長者さんは、
「おう、よくきた。よくきた」
と、言って、娘(むすめ)をむかえたのです。
「これは、おみやげです」
　娘(むすめ)が、わらぞうりでできた重箱を渡(わた)すと、
「それはそれは、ごていねいに」
　長者さんの奥(おく)さんもニコニコして、その重箱を受けとりました。
　家の外からこのようすを見ていた若者(わかもの)は、とうとうがまんできずに家の中へとびこむなり、
「みんな、だまされちゃいかんぞ！　その娘(むすめ)はキツネだ！」
と、言ったのです。
　でも、それを聞いた長者は、カンカンに怒(おこ)りました。
「な、なんて事を言うんだ！　これはとなり村の長者の娘(むすめ)さんで、今度わしの息子の嫁(よめ)になる人だ！」
「でも、そいつはたしかにキツネだ。娘(むすめ)に化けるところをちゃんと見たんだ」
　すると、娘(むすめ)は、
「キツネだなんて、あんまりです」
と、言って、シクシクと泣き出したのです。
「わしの家の嫁(よめ)になる娘(むすめ)をキツネだなんて、もうゆるさん！」
　長者は刀を抜(ぬ)いて、若者(わかもの)に切りつけようとしました。
「ひぇー、たっ、助けてくれー」
　若者(わかもの)はあわてて逃(に)げましたが、長者は刀を持って追いかけてきます。
　そこへ、一人のお坊(ぼう)さんが現(あらわ)れました。
「おまちなさい」
　お坊(ぼう)さんは二人のあいだに飛び込(とびこ)むと、長者の手をおさえました。
「どんな事があっても、人を殺してはいけません。わけを話しなさい」
　そこで長者は、これまでの事をお坊(ぼう)さんに話しました。
「なるほどわかりました。でも、この男を殺してもしかたがないでしょう。ここは一つ、私(わたし)にまかせてください」
　そう言うと、お坊(ぼう)さんは若者(わかもの)をにらんで言いました。
「本当なら、殺されてもしかたのないところです。でも、お前はまだ若(わか)い。一度死んだつもりで、今から私(わたし)の弟子になりなさい」
　もう少しで殺されるところを助けてもらったので、若者(わかもの)はお坊(ぼう)さんのいうとおり、弟子になることを承知(しょうち)しました。
「よろしい。それではさっそく、頭をそってやろう」
　お坊(ぼう)さんは長者の家でカミソリを借りると、若者(わかもの)の頭をそりはじめました。
　ところが、その痛(いた)い事。
　まるで髪の毛(かみのけ)を、手でむしり取っているみたいです。
　あまりの痛(いた)さに、若者(わかもの)が思わず、
「やめてくれ！」
と、さけびました。
　そのとたん、目の前の物がみんな消えて、若者(わかもの)は一人で草むらの中にすわっていたのです。
(おかしいなあ？　ゆめでも見たのかな？)
　そう思って、ふと頭に手をやったら、なんと髪の毛(かみのけ)がほとんどなくなっていたのです。
　娘(むすめ)だけでなく、長者も、お坊(ぼう)さんも、みんなキツネだったのです。
　キツネにだまされないと言っていた若者(わかもの)は、みごとにキツネにだまされたのでした。

おしまい