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5年生の日本民話

はち助いなり

はち助いなり
石川県の民話

♪音声配信(html5)
朗読者 : スタヂオせんむ

 むかしむかし、小松城(こまつじょう)殿(との)さまが、おしのび(→身分の高い人がひそかに外出すること)で町の見まわりに出かけたときの事です。
「ココーン! ココーン!」
と、まっ白なキツネが、殿(との)さまの前に飛び出してきました。
 続いて、その後から男たちが追っかけてきて、
「このドロボウめ!」
「さあ捕(つか)まえた! もう、逃(に)がさんぞ!」
と、そのキツネを捕(つか)まえると、なぐったりけったりします。
「ココーン! ココーン!」
 キツネが痛(いた)そうに泣きさけぶのを見かねた殿(との)さまが、男たちに声をかけました。
「これ、いいかげんにかんべんしてやったらどうじゃ? かわいそうに、すっかり弱っているではないか」
 すると、男たちは言いました。
「へえ、しかし、こいつに魚の干物(ひもの)をあらされて、店は大ぞんしましたので」
「かといっても、キツネの命を取ったところで、魚のひものが帰ってくるわけではあるまい」
「それはたしかに。けど、このままじゃ、あっしらの気がおさまらねえです」
「それに、またやられちゃかなわねえ。ここはやっぱり、このキツネを殺してしまわないと」
と、男たちは再(ふたた)びキツネをなぐろうとしたので、殿(との)さまはあわてて言いました。
「待て、待て! では、わしがそのひものの代金を払(はら)おうではないか」
「はあ、まあ、それならいいですが」
 手を引っ込(ひっこ)めた男たちに、殿(との)さまは十分なお金を渡(わた)していいました。
「そのかわり、キツネはつれていくぞ」
 そして殿(との)さまは、傷(きず)ついたキツネをお城(しろ)につれてかえり、薬をぬってやさしくかいほうしてやりました。
 何日かするうちに、傷(きず)がなおったキツネは元気をとりもどしました。
「よいか、これからは町に出て、人さまの物をとるような悪い事は決してするでないぞ。わかったな。さあ、山へ帰るがいい」
 キツネは頭を下げると、何度も何度もお城(しろ)の方をふりかえりながら、山へ帰って行きました。
 それから、数ヶ月がすぎたころ、お城(しろ)で大変な事がおこりました。
 江戸(えど→東京都)に大切な手紙を届(とど)ける役目の飛脚(ひきゃく)の五平次(ごへいじ)が、急な病気で倒(たお)れてしまったのです。
 殿(との)さまは、こまってしまいました。
「うーん、よわったのう。この手紙が七日以内に江戸(えど)に届(とど)かねば、お家の一大事となる。だれかほかに、足のはやい者はおらんのか?」
「・・・・・・」
 家来たちはお互(たが)いに顔を見合わせますが、五平次よりはやく走れる者など、どこを探(さが)してもいません。
「こまった。どうしたらよいのじゃ」
 頭をかかえる殿(との)さまのところへ、家来の一人があたふたとかけつけました。
「殿(との)! 江戸(えど)まで七日以内に走るという男がおりました」
「な、なんじゃと! すぐに呼(よ)べ!」
 家来に案内されて、一人の若者(わかもの)がお城(しろ)にやってきました。
「わたしは山向こうにすむ、はち助というものです。足のはやさには、いささかの自信があります。どうか今回の仕事、このはち助にお申しつけください」
 この申し出に、殿(との)さまはしばらくまよってはいましたが。
「よし! たのむぞ、はち助とやら」
と、大事な手紙を渡(わた)しました。
「はい!」
 はち助は、すぐにお城(しろ)の門から出て行き、すぐに姿(すがた)が見えなくなりました。
「さて、無事に届(とど)けてくれるとよいが」
 手紙をあずかったはち助は、殿(との)さまの信頼(しんらい)に答えようと、夜も昼も休むことなく走りつづけました。
 はち助が出発して、七日目です。
「今日で七日目か。何とか今日のうちに、江戸(えど)についてくれればよいが」
 殿(との)さまが心配していると、家来たちがかけこんできました。
「と、殿(との)さま! はち助がもどってきました!」
「な、なに? もう、もどったと! ああっ、もうおしまいじゃあ!」
 ガックリと肩(かた)を落とす殿(との)さまに、家来たちはニコニコしながら言いました。
「殿(との)さま。かんちがいされてはこまります。はち助は、無事につとめをはたしてもどったのでございます」
「それはまことか!」
「はい、江戸(えど)からの返事も持ち帰ってございます」
「なぜ、それを早く申さぬ。すぐにはち助を呼(よ)ぶのじゃ」
 殿(との)さまの前によばれたはち助は、江戸(えど)からの返事をうやうやしく差し出しました。
 返事を確認(かくにん)した殿(との)さまは、大喜びで言いました。
「はち助、ようやってくれた。それにしても、飛脚(ひきゃく)の足で往復(おうふく)半月(はんつき)はかかる道のりを、わずか七日で走るとは、まったくあっぱれな飛脚(ひきゃく)ぶり。これからはわしの家来として、はたらいてくれないか」
「ありがたきお言葉」
 こうしてお城(しろ)のおかかえ飛脚(ひきゃく)となったはち助は、それからというもの、殿(との)さまの手紙をとどけるために、何度も江戸(えど)へ行くようになりました。
 ふつうの飛脚(ひきゃく)の二倍のはやさで走るはち助は、殿(との)さまにたいそうかわいがられ、大事にされたのです。
 ある日の事、江戸(えど)からもどったはち助に、殿(との)さまがいいました。
「ごくろうであったな、はち助。ゆっくり休むがいいぞ」
「はっ、ありがとうぞんじます」
「ところではち助、小浜(こまつ)と江戸(えど)の道中(どうちゅう)で、なにかやっかいなものはないか?」
「はい、別にはございません。・・・いえ、ただ一つだけ、小田原(おだわら→神奈川県(かながわけん))にいる、大きなむくイヌ(→毛の多いイヌ)にはこまっております」
「ほう、小田原のむくイヌか、これはおもしろい、はち助ともあろうものが、イヌにこまるとは。はははは」
と、殿(との)さまに笑われたはち助は、てれくさそうに頭をかきました。
 それからしばらくして、はち助はまた、江戸(えど)へ手紙をとどけるために旅だっていきました。
 ところが今度は、何日たっても戻(もど)ってきません。
「はち助はまだもどらんのか? いったい、どうしたというのだ?」
 はち助の身に何かあったのではないかと心配する殿(との)さまは、ふと、はち助の言葉を思い出しました。
「そうじゃ、小田原じゃ! いそげ、はち助をさがしにいくぞ!」
 殿(との)さまはさっそく、はち助をさがしだすために小田原へと向かいました。
 そして、何日も何日も、はち助の行方をさがして旅をつづけたのです。
 小田原まで、もう少しという山道へさしかかったとき、
「はて、あれはなんじゃろう?」
と、殿(との)さまが、草むらの方を指さして言いました。
「さあ、なんでございましょうなあ? ちょっと見てきましょう」
 ウマからおりた家来が、草むらをのぞいて大声をあげました。
「と、殿(との)! これをごらんください!」
 そこには、まっ白なキツネがいて、大事な手紙の入った箱をだきかかえるようにして死んでいたのです。
 これを見た殿(との)さまは、全ての事がわかりました。
「は、はち助、お前は」
 はち助は、殿(との)さまが助けたキツネだったのです。
 小田原でイヌにおそわれながらも、なんとかお城(しろ)にたどりつこうとして、息たえてしまったのです。
 殿(との)さまは、そんなはち助の死をたいへん悲しんで、お城(しろ)の中にりっぱな社(やしろ)をたてると、はち助いなりとしてまつりました。
 今でも小松城(こまつじょう)には、はち助をまつるおいなりさまが、のこっているという事です。

おしまい

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