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5年生の日本民話

からいもと盗人

からいもと盗人(ぬすっと)
熊本県(くまもとけん)の民話

 むかしむかし、天草(あまくさ→熊本県(くまもとけん)の天草市)に、太助(たすけ)という船乗りがすんでいました。
 太助は子どもが大好きで、おなかをすかせた近所の子どもたちに、いつもごはんを食べさせています。
 ある日の事、おかみさんが太助にいいました。
「あんた、そろそろ米びつもからになりそうじゃ」
「じゃあ、米を買うてきたらいいでねえのか」
「そんなこというても、不作つづきで米も麦もありはせん」
「そうか。でも心配すんな。薩摩(さつま)から、麦でも買うてきてやるわ」
 この二年ほど、この天草のあたりは日でりつづきで、畑の麦もすっかり立ちがれてしまいました。
 太助は薩摩(さつま)の国に荷物をはこぶために、船を出しました。
 帰りには子どもたちに食べさせる食べ物を、船いっぱいにつんでくるつもりです。
 やがて船は、薩摩(さつま)の港に着きました。
 薩摩(さつま)のお客へ荷物をとどけた太助は、その晩(ばん)はお客の家にとまることになりました。
 そこで太助は、おなかをすかせた子どもたちのことを話しました。
「うむ、そりゃあ、たいへんなことで」
「はい。子どものころに食べ物で苦労しましたので、子どもたちには、ひもじい思いをさせたくはなくて」
「そうですか。太助どんの子ども思いは、立派(りっぱ)ですな」
 このお客は、太助が近所の子どもたちにもごはんを食べさせている事を知っていたので、今までも何かと手助けしてくれていたのです。
 さてその晩(ばん)、太助はお客からめずらしいものをごちそうになりました。
「うまい! だんな、これはなんて食べ物で?」
「これはな、薩摩(さつま)にしかない、からいもでごわす」
「からいもですか。うーん、じつにうまい!」
「わははは、そうでごわしょう。食べてよし、酒にしてもよし、この薩摩(さつま)では米以上の食べ物でごわす」
 からいもとは、サツマイモのことです。
 太助は、このおいしいからいもを天草に持ちかえり、自分の畑で育てたいと思いました。
 ですが、その事を客に話すと、
「残念じゃが、それはだめでごわす」
「どうしてですか? 天草の子どもたちは、はらをすかしているのです。子どもたちのためにも、どうかおねがいします」
「気持ちはわかるが、このからいもはご禁制品(きんせいひん)でごわす。もしもよその土地の人に渡(わた)したと知れれば、この首を切られてしまうのでごわす」
 ご禁制品(きんせいひん)とは、持ち込(もちこ)みや持ち出しを禁(きん)じられている品物の事です。
 次の日、薩摩(さつま)から船を出すとき、ご禁制(きんせい)の品が持ち出されないか、役人がそれはきびしく調べました。
「よし、この船にはご禁制(きんせい)の品はござらん。船を出してさしつかえないぞ」
 太助どんの船は役人のゆるしをえて、いよいよ出発しようとするその時です。
 客の男が、大急ぎで走ってきました。
「太助どん、太助どーん!」
「だんな、どうなさいました?」
「子どもさんのみやげの手まりを、おわすれでごわしょう?」
「はて? ・・・手まり?」
「なにを言ってなさる。大切な子どもさんのみやげでしょ。お役人さま、わたしてもよろしいでごわすか?」
「ああ。わしが投げてやろう。それっ!」
 手まりは客から役人の手へ、そして太助どんの手へとわたりました。
「太助どん、その手まりは大事な品じゃ。子どもさんのために、立派(りっぱ)に育ててくだされ」
 手まりにおぼえのない太助は、不思議に思って手まりを見ると、なんと中には、からいもの芽が入っていたのです。
「こっ、これは!」
 客が太助のために、こっそりとからいものなえを入れておいてくれたのです。
「太助どん、ぶじに天草までいきんしゃいよ」
「だんな、ありがとうございます」
「子どもたちに、よろしゅうなあ」
「ありがとうございます。必ず立派(りっぱ)に育てます」
 こうしてご禁制(きんせい)のからいもは、薩摩(さつま)から天草へ持ち出されたのです。
 天草に帰った太助は、からいものなえを畑に植えると、大切に大切に育てました。
「いいかお前たち、いまにこの木に、うめえからいもがたあんとできるからな」
「おっとう、それは本当か?」
「ああ、大きな木になる。そして、からいもが食い切れんほどみのるぞ」
「そうか、早く大きくなるといいなあ」
 あいかわらず天草は日でりつづきでしたが、からいもは元気に育っていきました。
「こりゃあ、木ではなく、つるが出てきたな。からいもはつるになるのか。それなら、そえ木にまきついて実がなるんじゃろうか?」
 太助はそえ木に竹を立ててやりましたが、まきつくどころか、つるはいつまでも地をはっています。
 畑一面につるがのびましたが、かんじんのからいもはなりません。
「春だというのに、花もさかん。これは本当にからいもか? いやいや、あのだんながうそをつくはずはないし」
 夏になって小さな花をつけましたが、やはり実はつきません。
「このからいもは、薩摩(さつま)の土でしか実らんのだろうか」
 太助があきらめかけたある日、畑にあるわずかな作物をぬすむドロボウがやってきました。
「畑あらしじゃー!」
 逃(に)げるドロボウを、太助は追いかけていきました。
「作物ができんで、みんなこまっとるのに、こんなときに畑をあらすとはゆるせん!」
 ドロボウは、太助のからいも畑へ逃げ込(にげこ)みました。
 するとからいものつるが、ドロボウの足にからまって、ドロボウはこけてしまいました。
「わははは、からいものつるにひっかかったな。役たたずのいものつるが、とんだところで役にたったわい」
と、ドロボウの足にからまったからいものつるを見た太助は、そのつるの先に付いているものを見てビックリ。
「こっ、これは、からいもでねえか! そうか、からいもは土の中になるもんじゃったんか」
 太助は夢中(むちゅう)で、ほかのからいものつるを引っぱってみました。
 するとつるの先には、丸々としたからいもがたくさん付いています。
「おおっ、からいもじゃ。からいもじゃ。これだけあれば、子どもたちが腹(はら)をすかせる事はなくなるぞ!」
 そのとき、太助はコソコソと逃(に)げだそうとするドロボウに、からいもを投げてよこしました。
「これは礼じゃ。持っていけ。お前がいなけりゃ、わしゃ、からいもを土の中でくさらすところじゃったぞ」
「へえ? からいも?」
「ああ、このいものことじゃ。うまいぞう」
 それから天草では、どこの家でもからいもをつくるようになったという事です。

おしまい

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