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第 303話

弘法菜 弘法話

弘法菜  弘法話
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 むかしむかし、王滝村(おうたきむら)というところに、一人のおばあさんが住んでいました。

 ある秋の事、おばあさんが家の前でカブ菜を洗っていると、そこへ旅のお坊さんが通りかかりました。
 ずいぶんと長旅だったらしく、身なりはボロボロで本当に疲れている様子です。
 お坊さんは、おばあさんのカブ菜を見ると頼みました。
「すまんが、カブ菜をひとつ分けて下され」
「はい、お坊さま。それではこれをどうぞ」
 気のいいおばあさんは、一番おいしそうカブ菜を選んでお坊さんに差し出しました。
「ありがとう」
 お坊さんは、ごくりとつばを飲み込んで、あっという間にカブ菜を食べました。
「ふー。おいしいカブ菜でした。おかげで生き返りました」
 お坊さんは何度も礼を言うと再び旅をはじめましたが、しばらくすると立ち止まって、衣に付いていたカブ菜の切れ端を近くのアサ畑に投げ込んで、なにやらお経の様なものを唱えると、また歩き出したのです。
「あれ、かわったお坊さまだ」
 おばあさんは首をかしげながらも、お坊さんを見送りました。

 それから季節が過ぎて春になりました。
 おばあさんはふと、アサ畑にカブ菜の芽が出ているのを見つけました。
 それは大きくて立派なカブ菜で、よく見ると畑一面に生えているではありませんか。
「はて、こんなところに、カブ菜を植えた覚えは」
 その時ふと、おばあさんは、あのお坊さんの事を思い出しました。
「そうだ。この場所は、あのお坊さまがカブ菜の切れ端を投げ込んで、お経を唱えた所だ。
 きっとあのお坊さまは、噂に聞く弘法大師さまだったにちげえねえ。
 ああ、ありがたい事だ」
 おばあさんは、お坊さんが去っていった方角へ向かって手を合わせました。

 それからこの地域では、カブ菜の事を「弘法菜」といってとても大切にしました。
 不思議な事に弘法菜の種はよその土地でまいても、決して芽が出なかったという事です。

おしまい

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