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6月6日の日本民話 2

お金の降る家

お金の降る家
秋田県の民話秋田県の情報

 むかしむかし、秋田藩の侍に、後藤庄五郎(ごとうしょうごろう)という人がいました。
 ある年の秋の事、庄五郎は湯治(とうじ)に行く途中で、銭の降る家があるとうわさで聞いて、知り合いの庄屋の家に立ち寄りました。
「さっそくですが、銭の降る家があるとのうわさは本当ですか?」
 庄五郎が尋ねると、庄屋は深く頷きました。
「ああ、嘉兵衛(かへい)の家ですね。はい。そのうわさは本当の事ですよ。実は、今も降り続いているのです。よかったら、ご案内しましょうか?」
「それはありがたい」
 喜んだ庄五郎は、庄屋と一緒に近所の嘉兵衛の家に出かけました。
 銭の降る家だと言うので、庄五郎は立派な御殿を想像していたのですが、その家はわら拭き屋根のごく普通の百姓家で、特に変わった所はありません。
 運悪く嘉兵衛は留守でしたが、家にいたおかみさんから詳しい話を聞く事が出来ました。
 それは、こんな話です。

 今から五年前の五月のある晩、嘉兵衛の夢の中に一人の老人が現れてこう言いました。
「お前に小袋を一つやろう。今からわたしの言う場所へ行ってみろ」
 そして老人が小袋の置いてある場所を言ったとたん、嘉兵衛は目が覚めたのです。
「何だ、夢か」
 そこで、もう一度眠ろうとしたのですが、さっきの老人の言葉が気になって、眠る事が出来ません。
 そこで嘉兵衛は夜明けを待って、老人の言っていた場所へ行ってみました。
 するとそこに、木綿で作った古い小袋が一つ置いてあったのです。
「夢ではなかったのか。しかし汚い袋だな。一体、何が入っているのだろう?」
 嘉兵衛がその小袋を開けてみると、中には八十文の小銭が入っていました。
 わずか八十文ですが、貧乏な嘉兵衛には大金です。
 そこで嘉兵衛は家に戻ると、おかみさんに夢の事を話して、お金をどうすればいいか相談しました。
 すると、おかみさんは、
「拾った物なら届けなければいけないけど、夢のお告げで授かった物だから、とりあえず神棚に供えて置いたらどうですか?」
と、言いました。
 そこでその小袋を神棚に供えていたのですが、そんな事も忘れてしまった、次の年の二月、一緒に住んでいるおばあさんが、芝居見物に行きたいと言い出したのです。
 そこで小袋の事を思い出したおかみさんは、小袋から四十文を取り出して、おばあさんに渡してやりました。
 すると今度は、息子が盆踊り見物に行きたいと言うのです。
 おかみさんは仕方なく、小袋からさらに二十文を取り出して息子に渡しました。
 これでもう、小袋には二十文しか残っていません。
(せっかくの授かり物を使ってしまったわ。残りはせめて、お賽銭にでもあげなくては申しわけない)
 おかみさんは小袋をふところに入れると、小さい子どもを抱いてお寺へと出かけました。
 ところが、お寺へ着いてみると、ふところに入れていた小袋がなくなっているのです。
 どうやら子どもを抱っこするのに気を取られて、途中で落としてしまったようです。
(ああ、申し訳ありません。お賽銭は、今度来る時に必ずお持ちしますから)
 おかみさんは、仏さまに手を合わせてあやまりました。

 さて、その翌年の二月。
 今度は、おかみさんが不思議な夢を見ました。
 その夢では、おかみさんは船に乗っていて、まわりには五、六人のお坊さんがいます。
 一人のお坊さんが、おかみさんに言いました。
「すまんが、ひとつ、謡(うたい)をうたってくれないか?」
「えっ?」
 おかみさんは、困りました。
 謡など、今まで一度もうたった事がなくて、時々、祝言の時に聞くぐらいのものです。
「あの、わたしにはうたえません」
 おかみさんは断ったのですが、お坊さんは、
「まあまあ、そんな事言わずに、ぜひひとつ」
と、手を合わせてくるのです。
 お坊さんに、そこまでされては仕方ありません。
 おかみさんは覚悟を決めると、うろ覚えの文句と節で、祝言の時に聞いた謡を調子外れながらもうたいました。
 うたい終わったおかみさんは恥ずかしくてたまりませんが、ところが、お坊さんたちは手を叩いて喜び、
「やあ、これはうまい、うまい。」
と、ほめるのです。
「いえ、うまいなんて、とんでもない」
 おかみさんが、顔をまっ赤にしながらモジモジしていると、一番年寄りのお坊さんが、
「お前は、本当によい人だ。やっぱり、お前にあげるのが一番よいな」
と、おかみさんに古い木綿袋を一つくれたのです。
 何とそれは、おかみさんが寺へ行く時に無くした小袋と同じ袋です。
「ありがとうございます」
 おかみさんが喜んで受け取ると、年寄りのお坊さんが言いました。
「すまんが、さっきの謡を、もう一度うたってくれないか?」
「はい、あんな物でよかったら」
 おかみさんは、再び調子はずれの謡をうたいました。
 するとその声を聞いて、一緒に寝ていた嘉兵衛が目を覚ましたのです。
 見ると、おかみさんが眠りながらがら、変な寝言を言っているのです。
「おい、しっかりしろ。なにをうなっているのだ?」
 おかみさんは嘉兵衛にゆり動かされて、目を覚ましました。
 そしてふと枕元を見ると、そこに夢のお坊さんからもらった木綿の小袋が置いてあるのです。
「あんた。実はさっき夢で」
 おかみさんから夢の話を聞いた嘉兵衛が小袋を開けてみると、中には十八文が入っていました。
「夫婦そろって夢で、こんな授かり物をするなんてな」
「まったく、ありがたい事ですね。ねえ、この金は使わないで、いつまでも大切にしまっておきましょう」
「そうだな」
 そこで嘉兵衛は木の箱を作り、その中に小袋をしまいました。
 しかし、どこからこの話が広まったのか、夫婦だけの秘密にしていたのに近所の人たちがやって来て、
「ぜひ、そのありがたい小袋を見せてほしい」
と、言うのです。
 ばれたものは仕方ないので、嘉兵衛が箱の中の小袋を開いて見せると、十八文だったお金が、いつの間にか二十文になっているのです。
 そして不思議な事に、小袋のお金は開ける度に、二十二文、二十五文と、少しずつ増えていくのです。
 そればかりではなく、やがて家の中のあちこちから一文銭が、
 チャリーン!
 チャリーン!
と、降ってくるようになったのです。
 天井裏を調べてみましたが、別に何もありません。
 しかしお金は、
 チャリーン!
 チャリーン!
と、降ってくるのです。
 さあ、そのうわさを聞いて、ますます見物人が集まってきました。
 嘉兵衛とおかみさんは嫌な顔一つせずに、降って来た一文銭は拾った人にあげたので、嘉兵衛の家は毎日毎日、押すな押すなの大賑わいです。
 心優しい嘉兵衛は見物人の為に、にごり酒を作ってふるまいました。
 こうなれば、毎日がお祭り騒ぎです。
 そして家の中が賑やかになればなるほど、一文銭はたくさん降って来ました。
 おかみさんが数えていたところ、その年の夏までに、おおよそ三万枚の一文銭が降ったとの事です。
「しかし、こうも見物人が多いと、仕事どころか眠る事も出来ないだろう」
 あまりの賑やかさに、近所の人たちが心配してくれましたが、
「何、皆さまの為になるなら」
と、夫婦は気にも止めません。
 まあ、降ってくる一文銭をみんなにあげても、小袋の中のお金はどんどん増えていくし、客の帰った後でも、一文銭は天井から、
 チャリーン!
 チャリーン!
と、降ってくるので、二人は働かなくても暮らしの心配がないのです。

 話を聞き終えた庄五郎は、感心しておかみさんに言いました。
「それにしても、何と不思議な話だろう。そんな縁起の良い一文銭なら、わたしも欲しいものだ」
 するとその時、庄五郎の目の前に天井から、
 チャリーン!
 チャリーン!
 チャリーン!
と、三枚の一文銭が落ちて来たのです。
 庄五郎が驚いて拾って見ると、その一文銭は、ほんのりと温かでした。
「まるで、ふところに入れていたような温かさだ」
 庄五郎が言うと、おかみさんはにっこり笑って、
「はい。いつも降ってきた直後の一文銭は、そんな温かさがあります。さあどうぞ、その銭をお持ちください。」
と、一文銭を三枚とも庄五郎にくれました。
 庄五郎は礼を言うと、庄屋と一緒に家を出ました。
 そのとたん、外で待っていた見物人が、どっと家の中へ入っていったのです。
「これは、うわさ以上だな。それにしても嘉兵衛という男は、どんな男なのだ?」
 庄五郎が思わずつぶやくと、庄屋が言いました。
「はい。嘉兵衛もおかみさんも、今時は珍しい程、正直で真面目で、それに欲のない人です。 なにしろ、仕事と、お寺にお参りするのが、何よりの楽しみなのですから」
「なるほど。そう言えば、あれほどのお金が降ってくるのに、粗末な家のまま暮らしているのだからな。あの様な人物だからこそ、仏はお金を降らせてくれるのか。わたしには、とうてい真似は出来ないな」
 庄五郎はそう言うと、感心しながら湯治に出かけました。

おしまい

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