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10月20日の日本民話
死人を運ぶネコ
静岡県の民話
むかしむかし、駿河の国(すがるのくに→静岡県)に、小さな寺がありました。
寺には和尚(おしょう)さんと小僧(こぞう)さんのほかに、年老いた一匹のネコがいます。
お参りにくる人はめったにいないため、和尚さんも小僧さんも、ひまさえあればネコをかわいがっています。
ある時、信州(しんしゅう→長野県)の知りあいから、法事(ほうじ)の手伝いに来てくれと言われたので、和尚さんは小僧さんをつれて出かけることにしました。
「ネコよ、しっかり留守番(るすばん)を頼んだぞ」
和尚さんはネコが食べ物に困らないよう、たくさんのエサを用意してやりました。
「おみやげを、持ってきてやるからな」
小僧さんも、ネコの頭をなでながら言いました。
さて信州に出かけた二人が、峠(とうげ)の茶屋でひと休みしていると、下の方からスルスルと火車(かしゃ→死んだ人を、じごくへ運ぶ乗り物)が登ってくるのが見えました。
和尚さんも小僧さんもビックリして中をのぞくと、火車には、やせたおじいさんが乗っていました。
(あの年寄りが何をしたかは知らんが、地獄送りとはあんまりじゃ)
気の毒に思った和尚さんが、思わず手を合わせてお経をつぶやいたら、火車が空の途中で止まったではありませんか。
(まさか、自分のお経がこんなにきくとはな)
和尚さんは、茶屋の主人にたずねました。
「今日、この村で葬式(そうしき)のある家はないか?」
「はい、じつはこの峠の下の屋敷で、おじいさんの葬式があります。よくごぞんじで」
和尚さんは、だまって火車を指さしました。
「あ、あれは?!」
主人は、目を丸くして空を見上げます。
「あれはな、死人を地獄へ運ぶ火車というものだ」
「なるほど、話には聞いていましたが、実際に見るのは初めてで」
主人は、この和尚さんは、えらいお坊さんにちがいないと思いました。
「ところで、あのおじいさん、地獄に送られるようなことをしたのか?」
と、和尚さんが聞くと、
「そうですなあ、あのおじいさん、若いころはさんざん悪い事をしたそうですから。でもね、年をとってからは仏のおじいさんと言われるぐらいでして。わたしも、いろいろと世話になりました。お坊さま。なんとか極楽(ごくらく→天国)へ送ってやるわけにはいきませんかね」
と、主人が言ったのです。
「そんな事より、かんじんの死人がいなくてはお葬式もできまい。すまないが、あのおじいさんの家に案内してもらえんかな」
「あ、はい。」
主人は和尚さんと小僧さんをつれて、峠の下のおじいさんの屋敷へ行きました。
「くれぐれも、火車の事は言わないようにな」
主人に念を押してから、和尚さんが門の中へ入って行くと、庭のまんなかに棺おけをおいて、村のお坊さんがお経をあげていました。
お経が終わるのを待ってから、和尚さんが言いました。
「残念ながら、その棺おけに死人はおりませんぞ」
「なにを言うか。ゆうべ、まちがいなく入れたのだ」
お経をあげていたお坊さんが、むっとして和尚さんをふり返りました。
家の者も、腹をたてて、
「どこのお坊さんだか知らないが、変な言いがかりをつけないでください!」
と、言います。
ですが和尚さんは、首を軽く横に振ると、
「うたがう気持ちはわかるが、うそだと思うなら、中をたしかめてみることだ」
と、言うので、家の者が念のために棺おけのふたをとってみたら、中は空っぽでした。
「ど、どうして?」
お坊さんも家の者も、そして集まっていた村の人たちもビックリです。
「心配せずとも、わしにまかせておきなさい」
和尚さんがすすみ出て、ゆっくりとお経をとなえはじめました。
すると空の上からゆっくり火車が下りてきて、おじいさんの死体を棺おけにもどすと、ふたたび空へのぼっていったのです。
あまりの不思議さに、だれ一人声を出すものはいませんでした。
和尚さんが、静かに言いました。
「これで大丈夫。もう、地獄へ送られる事もあるまい」
家の者はすっかり喜んで、あとのお葬式を和尚さんにまかせました。
そこで和尚さんと小僧さんは、おじいさんをねんごろにほうむり、知りあいの家へと旅立っていきました。
茶屋の主人からも話を聞いた村の人たちは、いよいよ感心して、
「いったい、どこの和尚さんだろう?」
と、調べてみたら、駿河(するが)の国の善住寺(ぜんじゅうじ)の和尚さんということがわかったのです。
さあ、それ以来、わざわざ信州(しんしゅう)からお葬式を頼みにくる人が多くなり、おかげで善住寺は栄えていきました。
ところであの火車ですが、あれは和尚さんのかわいがっていたネコが、恩返しのために火車をあやつって死人を空へ運びだしたからだという事です。
おしまい