10月12日の日本民話
キジも鳴かずば、うたれまいに
長野県の民話
むかしむかし、犀川(さいがわ)のほとりに、ある小さな村がありました。
この村では毎年、秋の雨のきせつになると犀川がはんらんして、多くの死人が出るために村人たちは大変こまっていました。
さてこの村に、弥平(やへい)という父親と、お千代(おちよ)という小さい娘が住んでいました。
お千代の母親は、この前の大雨に流されて死んでしまいました。
二人のくらしはとてもまずしかったのですが、それでも父と子は、毎日仲良く幸せにくらしていました。
そしてまた、今年も雨のきせつがやってきました。
そのころお千代は重い病気にかかっていましたが、弥平は貧乏だったので医者をよんでやることもできません。
「お千代、早く元気になれよ。さあ、アワのかゆでも食って元気を出せよ」
弥平がお千代に食べさせようとしても、お千代は首を横にふるばかりです。
「ううん、わたし、もう、かゆはいらねえ。わたし、あずきまんまが、食べたい」
あずきまんまとは赤飯のことで、お千代の母親が生きていたころに、たった一度だけ食べたことがあるごちそうです。
ですが今の弥平には、あずきどころか、お千代に食べさせる一つぶの米さえもありません。
弥平は寝ているお千代の顔をジッと見つめていましたが、やがて決心すると立ちあがりました。
「地主(じぬし)さまの倉(くら)にならあるはずだ」
こうして弥平は、可愛いお千代のために、生まれてはじめてドロボウをしたのです。
地主の倉から一すくいの米とあずきをぬすんだ弥平は、お千代にあずきまんまを食べさせてやりました。
「さあ、お千代、あずきまんまじゃ」
「ありがとう。おとう、あずきまんまは、おいしいなあ」
「おお、そうかそうか。いっぱい食べて、元気になるんじゃぞ」
こうして食べさせたあずきまんまのおかげか、お千代の病気はだんだんとよくなり、やがて起きられるようになりました。
さて、地主の家では米とあずきがぬすまれたことに、すぐに気がつきました。
お金持ちの地主にとっては、イヌのエサほどの量で、たいした物ではありませんでしたが、一応、役人へ届けました。
やがて元気になったお千代は、家の外に出ていくと楽しそうに歌いながら、マリつきをはじめました。
♪トントントン
♪おらんちじゃ、おいしいまんま食べたでな
♪あずきのはいった、あずきまんまを
♪トントントン
お千代の歌を、近くの畑にいた百姓(ひゃくしょう)が聞いていました。
「へんじゃなあ、弥平の家は貧乏で、あずきまんまを食べられるはずがないのだが。・・・まあ、いいか」
そのとき百姓は、大して気にもとめませんでした。
やがて、また大雨がふりだして、犀川の水は今にもあふれださんばかりになりました。
「このままじゃ、また村は流されてしまうぞ」
村人たちは、村長の家に集まって相談しました。
すると、村人の一人が言いました。
「人柱を立てたら、どうじゃろう?」
人柱とは、災害などで苦しんでいる人々が生きた人間をそのまま土の中にうめて、神さまにぶじをおねがいするという、むかしのおそろしい習慣です。
その生きながらに土の中にうめられるのは、たいていが、何か悪いことをした人だったそうです。
「そういえば、この村にも悪人がおったな」
と、言ったのは、お千代の手マリ歌を聞いた百姓でした。
「なに? 悪人がおるじゃと? それは誰じゃ?」
「うむ。じつはな」
百姓はみんなに、自分の聞いた手マリ歌の事を話しました。
その夜、弥平とお千代が食事をしておると、
ドンドン! ドンドン!
だれかが、戸をはげしくたたきます。
「弥平! 弥平はおるか!」
「へい、どなたで?」
「弥平、おぬしは先日、地主さまの倉から米とあずきをぬすんだであろう。娘が歌った手マリ歌が証拠(しょうこ)じゃ」
お千代は、ハッとして弥平の顔を見ました。
「おとう!」
泣き出すお千代に、弥平はやさしく言いました。
「おとうは、すぐかえってくるから、心配せずに待っていなさい」
「おとう! おとう!」
泣きさけぶお千代をのこして、弥平は村人につれていかれ、そしてそのまま帰っては来ませんでした。
犀川の大水をふせぐために、人柱として生きたままうめられてしまったのです。
「しかし、たった一すくいの米とあずきをぬすんだだけで、人柱とはな」
と、同情(どうじょう)する村人もいましたが、へたな事を言うと、今度は自分が人柱にされるかもしれません。
そういう時代だったのです。
さて、村人からお父さんが人柱にされたここを聞いたお千代は、声をかぎりに泣きました。
「おとう! おとう! おらが歌を歌ったばかりに・・・」
お千代は何日も何日も、泣き続けました。
やがてある日、お千代は泣くのをやめると、それからは一言も口をきかなくなってしまいました。
何年かたち、お千代は大きくなりましたが、やっぱり口をききません。
村人たちはお父さんが殺されたショックで、口がきけなくなったと思いました。
ある年の事、一人の猟師(りょうし)がキジをうちに山へ入りました。
そして、キジの鳴き声を聞きつけて、鉄砲の引き金をひきました。
ズドーン!
見事にしとめたキジをさがしに、草むらをかきわけていった猟師は、ハッとして足をとめました。
うたれたキジをだいて、お千代が立っていたのです。
お千代は死んでしまったキジに向かって、悲しそうにいいました。
「キジよ、お前も鳴かなければ、撃たれないですんだものを」
「お千代、おめえ、口がきけたのか?」
お千代は猟師には何も答えず、冷たくなったキジをだいたまま、どこかに行ってしまいました。
それから、お千代の姿を見た者はいません。
「キジよ、お前も鳴かずば撃たれまいに」
お千代ののこした最後の一言が、いつまでも村人のあいだに語りつたえられ、それからその土地では、人柱という恐ろしい事は行われなくなったという事です。
おしまい
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