きょうの新作昔話
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2011年 8月10日の新作昔話

牛の顔

けものつき

 むかしむかし、ある町奉行(まちぶぎょう)につとめる、新田左近(にったさこん)という人がいました。

  夏の暑い日、左近は筆記や計算などの仕事をしていましたが、朝から一日中働きづめだったので、すっかり疲れてしまいました。
(どうも、気分がすぐれぬわい)
 夕方になり、左近はやっとの思いで家に帰りました。
「やれやれ、ひどくくたびれた。ひと休みしよう」
 そして家に入ってふと妻の顔を見ると、なんとそれが牛の顔だったのです。
(おのれ、妖怪めっ!)
 左近は思わず、刀のつかに手をかけましたが、
(まてよ)
と、今度は、妻のとなりにいる女中の顔を見ました。
 するとこちらも人間ではなく、赤馬の顔だったのです。
 そして子どもたちの顔を見ると、こちらは鬼の顔です。
 この家に一人として、人間の顔はいませんでした。
(これは、ただごとではない)
 我にかえった左近は、刀をにぎりしめていた手を放しました。
(こんな時こそ、落ち着かねば。下手をすると、武士の名を恥ずかしめる事になる。冷静に、冷静に、冷静に・・・)
 左近は奥の間に入ると、ふすまをぴったりと閉めて座禅をし、静かに目を閉じました。

 さて、主人の様子がおかしいのに気づいた妻は、心配になって左近に声をかけました。
「あの、ご気分でも、お悪いのですか?」
 左近が薄目を開けて妻の顔を見ると、やはり牛の顔です。
「何でもない。向こうへ、行っていろ!」
 左近は、しかるように言って妻を追い出すと、一時間ほど心を落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がると奥の居間から出ました。
 そして恐る恐る家族の顔を見てみましたが、どの顔も普段通りで少しも変わった所はありません。

 その夜、左近は妻にしみじみと言いました。
「今日は暑いうえに、何かと忙しい仕事でくたびれ果てた。
 それで家の者の顔が、けものや鬼に見えたのじゃろう。
 まったく、刀を抜かなくてよかったわい」

 むかしはこの様な症状を、『けものつき』と呼んでいました。
 この左近の様に落ち着いた対応をすればよいのですが、びっくりした人が家族を斬り殺すという事がたびたびあったそうです。

おしまい

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