11月13日の世界の昔話
千色皮
グリム童話 →詳細
むかしむかし、あるところに、王さまがいました。
王さまには金色の髪の毛をしたお妃(きさき)がいましたが、そのお妃の美しいことといったら、この世にくらベものになるような女の人は、一人もないくらいです。
しかしそのお妃は、ふとしたことから病気になってしまいました。
そして、まもなく死ぬような気がしたので、王さまにこういいました。
「わたくしがなくなったあとで、もういちど、お妃をおむかえなさりたいならば、わたくしとおなじくらい美しく、わたくしのとおなじような金色の髪の毛をもっているかたでなければいけません。このことをわたくしに、かたくお約束なさってくださいまし」
王さまが約束すると、お妃は死んでしまいました。
王さまは長いあいだ、二度目のお妃をむかえることなど考えもしませんでした。
でも、お城には王さまとお妃が必要です。
そこで、王さまの相談役の人たちがいいました。
「王さまがもういちどご結婚あそばして、われわれがお妃さまをいただくことができるようにしてください」
「しかし、死んだお妃との約束で、お妃とおなじくらい美しく、金色の髪の毛を持っている者でないといけないのだぞ」
そこで、お使いのものが四方八方ヘつかわされ、なくなったお妃におとらぬ美しい花よめをさがすことになりました。
けれども、そんな人は世界じゅうさがしても見つからず、たまたま見つかったとしても、お妃のような金色の髪の毛ではありませんでした。
ところで、王さまには一人のお姫さまがおりましたが、その美しい顔は、なくなったお母さまそっくりで、おまけに金色の髪の毛までおそろいでした。
さて、あるとき王さまは、娘のお姫さまが、なくなったお妃にそっくりなのに気がつきました。
そして王さまは、相談役の人たちにむかっていったのです。
「わしは娘と結婚する。あれはわしのなくなった妃とそっくりだ。娘のほかに、なくなった妃とおなじような花よめが見つかるとは、とても思えん」
相談役たちは、ビックリしていいました。
「父親がじぶんの娘と結婚するのは、神のきんじるところでございます。そのような罪をおこなえば、この国までがまきぞえをこうむって、ほろびることにあいなりましょう」
相談役もビックリしましたが、一番ビックリしたのはお姫さまです。
そこで、父親である王さまにいいました。
「お父さまのおのぞみにしたがいますまえに、ぜひとも三とおりの着物をいただきとうぞんじます。ひとつはお日さまのように金色で、もうひとつはお月さまのように銀色で、のこりのひとつはお星さまのようにキラキラひかる着物がほしゅうございます。それからもうひとつ、千とおりの毛皮をあつめてぬいあわしたマン卜がほしゅうございます。それには、おとうさまの国にすんでいるけものたちから、それぞれの毛皮をすこしずつとってこなければなりません」
お姫さまは心のなかで、こんなふうに考えていたのです。
(そんなものをつくるなんて、とてもできることではないわ。これでお父さまも、わるい考えをすてていただけるでしょう)
ところが王さまは、国じゅうで一番うでのよい娘たちに命じて、ひとつはお日さまのように金色の、ひとつはお月さまのように銀色の、もうひとつはお星さまのようにキラキラひかる三とおりの着物をおるようにいいつけたのです。
そしてまた、国じゅうのけものというけものをつかまえると、それをつかって千色の毛皮のマントをつくりはじめました。
すべてのものがすっかりできあがると、王さまはお姫さまにいいました。
「あすは、結婚式だ」
こまってしまったお姫さまは、にげだす決心をかためました。
そこで、みんながねむってしまった、ま夜中に、お姫さまはじぶんがだいじにしているもののなかから、金の指輪と、小さな金のつむぎ車と、小さな金の糸巻きとを手にもち、お日さまとお月さまとお星さまの三とおりの着物はクルミのからのなかヘしまって、それから、ありとあらゆる毛皮でできたマントを身にまとって、顔と両手にすすをまっ黒にぬりました。
こうして、お姫さまはお城をぬけだしたのです。
お姫さまは夜どおし歩きつづけて、とうとう大きな森のなかヘやってきました。
そして、たいそうくたびれていたので、とある一本の木のうろのなかにすわると、そのままねむりこんでしまいました。
朝になりましたが、お姫さまはまだねむっていました。
昼間になっても、まだねむりつづけています。
ところが、ちょうどこの日、この森をもっている王さまが狩りにやってきました。
王さまの狩りのイヌたちが、お姫さまのねむっている木のところでしきりにほえるので、王さまは狩人たちにいいました。
「どんなけものがあそこにかくれているか、いって見てこい」
狩人たちは、いいつけられたとおりいって見てきました。
そして、こういいました。
「あの木のうろのなかに、ふしぎなけものがねております。あのようなけものは、わたくしども見かけたことがございません。そのからだは千色の毛皮におおわれておりまして、横になってねむっているのでございます」
「それはおもしろい。そいつを生けどりにするんだ」
そこで狩人たちが娘をつかまえると、娘はふるえながらさけびました。
「わたくしは、お父さんお母さんにすてられた、あわれな子どもです。どうか、ふびんと思って、いっしょにつれていってくださいまし」
これをきいて、狩人たちは、
「これ、千色皮、きたないおまえは、お台所で灰でもかきあつめるのがおにあいだ」
お城につくと、狩人たちはお姫さまを階段の下の小さな物置ベやつれていき、
「きたない毛皮っ子、おまえはここで、寝起きするがいい」
と、いいました。
それから娘は、お台所へつれていかれて、たきぎや水をはこんだり、火をかきたてたり、鳥の毛をむしったり、野菜をよりわけたり、灰をかいたりと、下ばたらきのしごとはなんでもやらされました。
こんなふうに、千色皮は長いあいだ、それはそれはみじめなくらしをしていたのです。
ところがあるとき、お城ではなやかな宴会がおこなわれました。
娘はお料理番に、
「ちょっと上ヘいって、はいけんしてきてもよろしゅうございましょうか。戸のそとに立っておりますけれど」
と、いいました。
お料理番は、
「ああ、いいとも、いっといで。だがね、三十分たったら灰をかきに、もどってこなければいけないよ」
と、いってくれました。
そこで娘は小さなランプをもって、じぶんのヘやに入ると、毛皮をぬぎすてて、顔と両手のすすをあらいおとしました。
するともとどおりに、かがやくばかりの美しさになりました。
それからクルミのからをあけて、お日さまのようにきらびやかな着物をとりだしました。
すっかりしたくがすむと、娘は宴会の場所ヘあがっていきました。
娘をみた人びとはみな、娘に道をゆずりました。
きっと、どこかの王女にちがいないと思ったのでした。
すると王さまがつかつかとやってきて、娘に手をだして握手をし、娘を相手におどりをはじめました。
王さまはおどりながら、心のなかで、
(こんな美しい人は、いままでいちども見たことがない)
と、思っていました。
おどりがすみますと、娘はおじぎをして、どこかへいってしまいました。
王さまは娘を探しましたが、どこへいったのか、だれ一人知るものはありませんでした。
お城のまえに立っている番兵たちがよばれて、いろいろたずねられましたが、娘を見かけたものはありません。
娘はじぶんのヘやにかけこんで、すばやく着物をぬぎすてると、顔と両手を黒くぬり、毛皮のマントにからだをつつんで、もとの千色皮になりました。
それから台所ヘいってじぶんのしごとにとりかかり、灰をかきあつめようとしました。
すると、料理番がいいました。
「そいつは、あすまでほっておいていいから、王さまのスープをこしらえてくれ。おれもちょいと上へいって、のぞいてくるからな。だがな、髪の毛ひとすじ、おとしちゃいけないよ。そんなことをしたらこれからさき、なんにも食ベものがいただけなくなるぞ」
こういうと、お料理番はでていきました。
千色皮は、王さまのスープをこしらえました。
いっしょうけんめいうでをふるって、パン入りのスープをこしらえました。
スープができあがりますと、じぶんのへやへ金の指輪をとりにいって、それをスープのさらのなかに入れたのです。
さて、おどりがおしまいになりますと、王さまはスープをめしあがりました。
そのスープのおいしいことといったらありません。
しかも、さらがからになると、金の指輪がひとつころがっているではありませんか。
「おや、どうしてこんなものが?」
王さまは、料理番にくるようにいいつけました。
料理番は命令をきくと、ちぢみあがりました。
そして、千色皮にいいました。
「きっと、おまえがスープのなかへ髪の毛をおとしたんだ。もしそうだったら、きさまをぶんなぐるぞ!」
料理番が王さまのまえへでますと、王さまは、だれがこのスープをつくったのかとたずねました。
「はい、わたくしが、こしらえました」
と、お料理番はこたえました。
「それはちがう。このスープはいつものより、ずっとおいしくできていたぞ」
王さまがこういうので、お料理番も、
「じつをもうしあげますと、わたくしではございません。毛皮っ子がつくったのでございます」
と、いったのです。
「では、そのものをここヘよこしてくれ」
千色皮がきますと、王さまがたずねました。
「おまえは、だれだ?」
「わたくしは、父も母もないあわれな子どもでございます」
「なんのために、わたしの城にいるのか?」
「わたくしは、なんのお役にもたちません。せいぜい、くつを頭ヘほうりつけられるくらいのものでございます」
「スープのなかにはいっていた指輪は、どこから手にいれたのか?」
「指輪なんて、わたくしはすこしもぞんじません」
「・・・。まあよい、ではさがれ」
王さまはなにひとつききだすことができないままに、娘をさがらせました。
しばらくして、また宴会がもよおされました。
千色皮はまえとおなじように、見物にやらせてくださいと料理番にたのみました。
「ああ、いいとも。だがね、三十分たったらもどってきて、王さまのおすきなパン入りスープをこしらえてあげてくれ」
と、料理番はこたえました。
そこで娘は、じぶんのヘやにかけこんで、てばやくからだをあらって、クルミのからから、お月さまのように銀色にかがやく着物をとりだして、それを身につけました。
娘を見つけた王さまは、ふたたび娘にあえたことをよろこびました。
ちょうどそのとき、おどりがはじまったので、二人はいっしょにおどりました。
ところがおどりがおしまいになると、娘はまたもやすがたをけしてしまったのです。
王さまには、娘がどこへいったのか、すこしも見当がつきません。
娘はじぶんのヘやにとびこんで、また、もとの毛皮っ子になると、パン入りスープをこしらえにお台所へいきました。
そして料理番が上にいっているあいだに、金のつむぎ車をとりだして、それをスープのさらに入れました。
そのスープは、王さまのところへはこばれました。
王さまはスープを食ベましたが、このまえのときとおなじようにおいしかったので、料理番をよびだしました。
料理番は、「スープをつくったのは千色皮でございます」と、ほんとうのことをいわないわけにはいきませんでした。
千色皮は、またもや王さまのまえによびだされました。
けれども娘は、
「わたくしは、このお城にいましても、せいぜい、くつを頭へほうりつけられるくらいのものでございます。小さな金のつむぎ車のことなど、わたくしはすこしもぞんじません」
と、こたえました。
王さまが三度目に宴会をもよおしたときも、まえの二度とおんなじでした。
料理番は、娘にこういいました。
「毛皮っ子、おまえは魔法使いだなあ。いつもスープのなかヘなにかいれて、そのおかげでスープがおいしくなって、わしがこしらえるやつよりも、王さまのお口にあうんだ」
こんども娘が、見物にいかせてくださいと、しきりにたのむので、料理番は時間をかぎっていくことをゆるしました。
娘はお星さまのようにかがやく着物をきると、そのまま大広間へ入っていきました。
王さまはこんども、この美しい娘といっしょにおどりましたが、王さまはおどっているさいちゅうに、気づかれないようにこっそりと、娘の指に金の指輪をはめました。
おどりがすんだとき、王さまは娘の両手をしっかりつかまえようとしましたが、娘はからだをふりほどいてすばやく人ごみのなかヘとびこんで、王さまの目からきえてしまいました。
娘は、いちもくさんに階段の下のじぶんのヘやにかけこみました。
ところが、あまり長いこと上にいて、三十分以上たったものですから、美しい着物をぬぎすてるひまもなく、ただ毛皮のマントを上にはおっただけでした。
それに、あまりいそいでいたので、すすですっかりぬりつぶすことができず、指が一本だけ白いままになっていました。
千色皮は台所へかけこんで、王さまのパン入りスープをこしらえると、金の糸巻きをスープのなかに入れました。
王さまはさらの底に金の糸巻きを見つけて、千色皮をよびだしました。
すると、白い指がチラリと見えました。
その白い指には、おどりのあいだにはめた指輪もはまっています。
そこで王さまは娘の手をにぎって、しっかりとつかまえました。
娘がそれをふりほどいてにげようとすると、毛皮のマントがすこしはだけて、お星さまの着物がキラキラとひかって見えました。
王さまはマントをつかむと、ひといきにマントをはぎとりました。
すると、美しい金色の髪の毛があらわれたのです。
そして、王さまがすすや灰を顔からふきとると、この世でまだだれも見たことのないくらい美しい娘になったのです。
王さまはいいました。
「おまえこそ、わたしの愛する花よめだ。わたしたちは、もうけっして、はなれることはないよ」
「はい、王さま」
それから結婚式があげられ、二人は死ぬまでなかよくくらしました。
おしまい
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