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10月10日の日本の昔話
切れない紙
むかしむかし、彦一(ひこいち→詳細)と言う、とてもかしこい子どもがいました。
ある日、彦一と庄屋(しょうや→詳細)さんが、茶店の前にさしかかると、
「ワハハハハッ。ええか、よく聞け。向こうは十五人、こっちはわし一人。むこうも強かったが、わしはもっと強かった。右に左にバッタバッタときりすて、あっというまに、みんなやっつけてしまったわ。ワハハハハハハッ。おい、ばばあ、酒だ、酒持ってこい」
みると、ぶしょうひげをはやした、身なりの悪い浪人です。
酒をあおりながら、とくいになってしゃべりまくっています。
すると、茶店にいた旅人が教えてくれました。
「ああやって、みんなをおどかしては、ただの酒をのみあるいている、たちの悪い浪人(ろうにん→詳細)ですぜ」
「強そうなので、だれも知らぬ顔しているが、だれかとっちめてくれるといいんだが」
たしかに、みんなこわがって、浪人と目をあわそうともしません。
「やい、ばばあ、酒はどうした! なにい、お金だと。ぶ、ぶれいものめ! このおれさまから、金をとろうとぬかすのか。おもしれえ、とれるものならとってみろ!」
オドオドしている茶店のおばあさんをつきとばすと、浪人はかってに酒を飲みはじめました。
たまりかねた庄屋さんが、何かいおうとしたとき、それより早く彦一が浪人の前へ出ました。
「もしもし、おさむらいさん」
「なんじゃ、おまえは。小僧のくせにひっこんでろ!」
「あんたは、ほんとうにさむらいですか?」
「な、なに? ぶ、ぶ、ぶしにむかって! ぶ、ぶ、ぶ、ぶれいなやつ!」
「そう、『ぶ、ぶ、』いわないでください。つばがとんでくるじゃありませんか」
「こ、こ、こやつ、ますますもって、ぶ、ぶ、ぶ、ぶれいな!」
「ほら、また飛んできた。ところで、ほんとに強いんですか、そんなに」
と、いうと彦一は、ふところから一まいの白い紙をとり出し、浪人の目のまえにひろげると、
「そんなに強いなら、これが切れますか?」
これを聞いた浪人は、ひたいに青すじを立てておこりました。
「ば、ば、ばかにするな! た、た、たかが紙きれ、一刀のもとだ。そうじゃ、ついでにお前もまっぷたつにしてやるぞ。かくごはよいか!」
浪人は酒の入った茶わんをほうりなげると、ギラリと刀をぬきました。
「わあーっ、ぬいた!」
見ていた旅人たちが、さあっと、あとずさりしました。
「彦一、ここはわしにまかせて、逃げた方がいいぞ」
と、庄屋さんがいいましたが、しかし彦一はおちついて、
「ちょっとまって下さい。この紙が切れたなら、あなたがここで飲み食いしたお金を、わたしたちがはらいます。でも、もし切れなかったら、自分で払ってくださいよ」
「おう、そうか、そりゃおもしれえ」
「やくそくしてくれますね」
「くどい、武士に二言はないわ!」
ちょうどそこへ通りかかった立派な武士が、二人に声をかけました。
「せっしゃが、立合人になってしんぜる。もし約束をたがえたら、せっしゃが相手になってつかわそう。さあ、両人とも、よういをいたせ」
「さあ小僧! 紙をどこへでもおけ!」
浪人はニタニタ笑いながら、みがまえると、刀を高くふりかぶりました。
彦一は近くの大きな石の上に、その紙をひろげ、
「さあ、まっぷたつに、どうぞ」
「う、・・・」
刀をふりかぶったまま、浪人はつりあげた目を白黒させました。
「さあさあ、早くじまんのうで前を見せてください」
「ううむ・・・」
でこぼこの石の上にひろげた紙を、刀で切りつけたらどうなるでしょう。
いくら剣術の名人でも、その紙を切ることは至難の業(しなんのわざ→とても難しいこと)です。
立合人の侍が、自分の刀に手をかけて言いました。
「どうした、そこの浪人。約束どおり、さあ、紙を切ってみよ。なにをグズグズしておるか」
と、しかりつけます。
「む、むむむ」
「切れぬか。しからば、飲み食いした金を払い、ここを立ちされ。でないと、立会人のせっしゃが相手いたすが、覚悟はよいか!」
「お、おまちくだされ。はらう、払いますから、どうぞ、ご、ごかんべんを」
浪人は、さっきのからいばりはどこへやら、大あわてで金を払って逃げてしまいました。
浪人のうで前が、石の上の紙を切るほどのうで前ではないとみやぶった、彦ーのちえと勇気に、侍をはじめ大勢の見物人は、あらためて感心しました。
おしまい