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7月6日の日本民話
  
  
  
ま夜中のわらい声
埼玉県の民話 → 埼玉県情報
 むかしむかし、武蔵の国(むさしのくに→埼玉県)に、タヌキやキツネのすみかとなっている古い城あとがありました。
   その城あとの近くには山寺が一つあり、ある晩、この山寺で連歌(れんが)の会がひらかれました。
   連歌というのは、和歌の上の句と下の句を次々とよみつづけていく遊びです。
   さて、この連歌の会に集まった人の中に、連歌づくりの下手な男がいました。
   自分が句をよむばんがきても考え込むばかりで、すぐに言葉が出てきません。
   そのため、みんなイライラしていました。
   連歌づくりの下手な男のために時間がかかるばかりで、さっぱりおもしろくありません。
   中には別の部屋へ引き上げたり、便所にいったままもどってこなかったりと、人数がだんだん少なくなっていきました。
   それでも下手な男は腕をくみ、首をひねりながら、いつまでも考え込んでいます。
   やがて夜中の二時をすぎたころ、どこからともなく、
  「あっはっはっは」
  と、ぶきみな笑い声がきこえてきました。
   そこにいた者たちは、ビックリ。
   わらい声はだんだん大きくなり、となりの部屋から聞こえてくるようです。
  「よし、わしがたしかめてやる」
   気の強い男が、思い切ってとなりの部屋のふすまを開けました。
   でも、そこには歌会を抜け出した人たちが、しずかにねむっているだけでした。
  「おかしいな?」
   みんなが顔をみあわせたとたん、わらい声が火ばちの中からひびいてきました。
   急いで中を調べましたが、とくに変わったものはありません。
   よくよく調べてみると、わらい声は火ばちの下の床下からきこえてくるようです。
  「さては、キツネかタヌキのしわざか?」
   そこで思い切って、床板をはがしてみました。
   そのとたんに、床下から黒いイヌのようなものがとびだしました。
  「うひゃー!」
   みんなが後ろへ下がると、黒いものは仏壇(ぶつだん)の中へ飛び込みました。
  「今のは、キツネか?」
  「いや、タヌキかもしれないぞ」
  「そうじゃない。あれはきっと、お化けにちがいない」
   そのさわぎに寝ていた人たちも起き出してきて、いっしょに仏壇の中を調べてみました。
   でも、何も変わったところはなく、それっきり笑い声はきこえませんでした。
  「連歌よみは終わりにして、お化けの正体をたしかめよう。外へ逃げたようすはないから、この部屋の中にいるはずだ」
   みんなは戸じまりをしっかりして、夜が明けるのを待ちました。
   中でも、自分の歌がおそいのをお化けにまで笑われてしまった男は、必ずそいつをひっとらえてやろうとはりきっていました。
   やがて夜が明けたので、もう一度仏壇をよく調べてみると、おそなえもののまんじゅうがすっかりなくなっていて、花びんが倒れたままになっています。
  「食いものを持っていくところをみると、やっぱりキツネかタヌキだろう。しかし、どこへ逃げたのやら」
   みんなが順番に仏壇をのぞきこみ、最後に歌よみの下手な男がのぞきこんだとたん、目の前の仏像がいきなり口を開けて、
  「あっはっはっは」
  と、笑い出したのです。
  「で、でた!」
   突然の出来事に、みんなは腰をぬかさんばかりにおどろきました。
   あの歌よみの下手な男などは、転がるようにして部屋の外へ逃げ出しました。
   それをみた仏像は、ますます大笑いです。
   それでも、気の強い男が、
  (仏像がわらうなんておかしい。きっと、なにかが化けているにちがいない)
  と、長い棒を持ってきて、仏像の頭をなぐりつけようとしました。
   そのとたん、仏像はタヌキのすがたになって外へとびだしていきました。
   一人で家に逃げ帰った歌よみのへたな男は、タヌキにまでバカにされたことをはずかしがって、もう二度と連歌をよまなくなったという事です。
おしまい