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9月27日の日本民話
  
  
  
生きている竜
宮崎県の民話
 むかしむかし、ある山里に、安ざえ門(やすざえもん)と十べえ(じゅうべえ)という、二人の兄弟が住んでいました。
   兄弟は毎日、山奥深く入り込んで、ウルシの木からウルシをとる仕事をしていました。
   ある日、兄の安ざえ門は、いつものようにカマを持って、一人でウルシをとりに行きました。
   ウルシの木をさがして山奥へ入って行くうちに、まだ来たことのない谷川のほとりに出ました。
   谷川には流れのゆるやかな深いふちがあり、暗い緑色の水がよどんでいます。
  「ほう、こんな深いふちは、見たこともない」
   安ざえ門は、ふちに近づいてのぞきました。
   そのとき、うっかり手に持っていたカマをふちに落としてしまったのです。
   カマは仕事に使う、だいじな道具です。
  「ああ、とんだことをしてしまった。どうしよう?」
   安ざえ門はしばらく考えこんでいましたが、ふちにもぐってみることにしました。
   底が見えないようなふちにもぐるのはこわいのですが、落ちたカマを取りもどすためには、そうするしかありません。
   安ざえ門ははだかになると、思いきって水の中へ飛びこみました。
   頭がジンジンとしびれるほど、冷たい水です。
   底の方へもぐって行くと、おどろいたことに、黒いつやのある上等のウルシが水底一面に、しきつめたようにたまっているのです。
   多すぎて、どれくらいあるか見当もつきません。
   これは近くの山にたくさん生えているウルシの木が雨に洗われて、木のはだから流れ出たうるしが谷川にこぼれ落ち、長い年月の間にこのふちの底にたまったものでした。
   安ざえ門はカマの事など忘れて、ウルシを両手ですくうと、ゆっくりとうかびあがりました。
  「夢のようだ。こんなにたくさんの上等のウルシがあるなんて」
   安ざえ門はウルシの木をさがし回るのをやめて、その谷川のふちにもぐっては、底にたまっているウルシをとるのでした。
   そのウルシは質がよいので、商人たちは高い値段で買ってくれました。
   おかげで安ざえ門は、どんどん金持ちになりました。
  「あの人はいったい、どこであんな上等なウルシをとって来るのだろう?」
   村の人たちは不思議に思いましたが、安ざえ門はうるしのとれる谷川のふちのことは、だれにも話しませんでした。
  「兄さん、うるしはどこにあるのか、おらにだけは教えてくれよ」
  と、弟の十べえが聞いても、
  「ああ、そのうちにな。そのうち連れて行ってやる」
  と、言うだけで、ぜんぜん連れて行ってくれません。
  「これにはきっと、なにかわけがありそうだぞ」
   十べえはそうか考えて、ある日、兄の後をこっそりつけて行きました。
   そして、兄が谷川のふちからウルシをとるのを見つけたのです。
  「そうか、あのウルシはここにあったのか。これでおらも金持ちになれるぞ」
   十べえもその日から、兄と同じように谷川のふちのウルシをとるようになりました。
   ふちのウルシを一人じめにしたかった兄の安ざえ門は、弟の十べえがとり出したのが、どうにもおもしろくありません。
   それでなんとかして、弟がとらなくなるような方法がないものかと考えました。
   いろいろと考えたあげく、なにか怖い物をふちの底においてみることを思いついたのです。
   ウルシをとりにもぐった十べえがそれを見て怖くなり、ウルシをとるのをあきらめるかもしれないと思ったからです。
   安ざえ門は間もなく、遠くの町に出かけて行きました。
   そしてその町に住むほりものの名人に、お金をたくさんはらって、大きな木の竜をほってもらうことにしました。
   できるだけ怖い感じにしてくれるように、何度も念を押してたのみました。
   しばらくして出来上がった竜は、木でつくった竜とは思えないほど、見るからに恐ろしい物でした。
  (これなら怖くて、近づかなくなるだろう)
   安ざえ門はその竜をこっそり山へ運ぶと、大きな石をくくりつけて、ウルシのたまっている谷川のふちにしずめました。
   水底にしずんだ木ぼりの竜は水の動きにゆれて、まるで生きているように見えます。
   まっ赤な大きな口を開けて、キバをむき出して体をくねらせるのです。
   安ざえ門は、その恐ろしさに大満足です。
  「やれやれ、これでひと安心というものだ。だれでもこの竜を見りゃ、おどろいて逃げ出すに決まってる。もう二度と来ないようになるだろう。そうなれば、うるしはまた、おら一人のものになるというわけだ」
   安ざえ門は満足して、山をおりました。
   あくる日、そんなことを少しも知らない弟の十べえは、いつものように谷川のふちに飛びこみました。
   とたんに、十べえはビックリ。
   水底に恐ろしい竜が体をくねらせて、キバをむき出しにした大きな口をあけて、十べえをのみこもうとしていたからです。
   十べえはまっ青になって、あわてて水から出ると、いちもくさんに山をおりて家に逃げ帰りました。
   安ざえ門は、弟が自分の思った通りになったのを知って大喜びです。
   安ざえ門はすっかり満足して、ふちの中にもぐりました。
   ところが水底にもぐってみると、木で作った竜が本物の竜になっていて、安ざえ門が近づくと大きな口を開けて、ひと飲みにしようとするのです。
  「そんなはずはない。この竜は、おらが町のほり物師にたのんでつくってもらったものだ。生きているわけはないんだ。水の動きにゆれるもので、生きているように見えるだけだ。きっとそうだ」
   安ざえ門はそう思いなおして、何回か水底に近づきましたが、そのたびに本物になった竜が、かみつこうとするのです。
   なんとか逃げだした安ざえ門は、岸にあがるとその場にへたり込んでしまいました。
  「ああ、こんなことになるのなら、初めから兄弟仲よく二人でウルシをとったものを。おれは、とんだことをしてしまった」
   安ざえ門は後悔しましたが、もう取り返しがつきません。
 とぼとぼと、家に帰っていったという事です。
※ 栃木県にも、同じような民話があります。→ たましいが入った竜
おしまい