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2009年 1月6日の新作昔話

不思議なびわ

不思議なびわ
京都府の民話京都府情報

 むかしむかし、玄象(げんしょう)という名前のついた、すばらしいびわがありました。
 このびわは宮中(きゅうちゅう)の宝物として、代々の天皇に伝えられたもので、たくさんの宝物の中でも特別に大事にされてきたのでした。
 ところがある日の事、この大切なびわが急になくなってしまったのです。
 みんなで探しましたが、どうしても見つかりません。
「だれが盗んだのだろう?」
「いいや。あれほど厳重にしまってあったものを、盗む事はできぬぞ」
「しかし、げんにないのだ。だれかが盗んで、隠し持っているに違いない」
「いやいや、あのような名器を、簡単に隠せるものではない。ちょっとでもひけば、すぐにわかってしまうのだから」
 みんなは、いろいろとうわさをし、天皇も、
「こんなに手をつくして探しても見つからないとは、どうしたことだろう。このようなとうとい宝物を自分の代になくしてしまったとは、まことに申し訳ないことだ」
と、言って、大変なげかれました。
 ちょうどそのころ、源博雅(みなもとのひろまさ)というびわの名人がいました。
 この人は若い頃、京都の東にあるおうさか山に、三年の間、一日も休まずに通って、びわの名曲をならったという人です。
 ですから宮中でも一番のびわの名人で、この名器がなくなったときいて、だれよりも深く悲しんでいました。
 ある夜の事、博雅(ひろまさ)は宮中に泊まる番にあたっていましたので、清涼殿(せいりょうでん)にすわっていました。
 するとどこからともなく、かすかにびわの音が聞こえてきました。
「おや?」
 博雅は、じっと耳をすませました。
「あっ。あれは玄象だ。あのすばらしい音色は、玄象にちがいない」
 博雅はなおも、じっと耳をそばだてました。
 そして、ほかの人には何も言わずに、庭へ出ていきました。
 連れているのは、日ごろめしつかっている少年ただ一人です。
 宮中を守っている侍の詰所(つめしょ)のそばを通りすぎてから、またたちどまって耳をかたむけました。
「うむ、たしかに、南の方から聞こえてくるが」
 音を頼りに歩いていくうちに、大内裏(だいだいり)の南正門(みなみせいもん)の朱雀門(すざくもん)まで来てしまいました。
 しかし音は、まだ南の方から聞こえてくるのです。
 博雅は、そのまま音色にひかれるように、朱雀門を外に出ました。
 そして京都のまん中を南北にとおっている朱雀大路(すざくおおじ)を、南へ南へとすすんでいきました。
 そしてとうとう、朱雀大路の南のはし、つまり京都の一番南のはしまできてしまいました。
 ここには、有名な羅生門(らしょうもん)がたっていました。
 博雅は、門の下にたって門を見あげました。
「ここだったのか」
 びわの音は、この二階から聞こえてくるのです。
 博雅はもう一度、びわの音に耳をすませました。
(たしかに、玄象の音色だ。しかし・・・)
 確かに玄象にちがいないのですが、どこかちがうのです。
 どうしても、人間がひいているとは思えないのです。
(どうもおかしい。そうだ、鬼だ、鬼がひいているのだ)
 博雅は、とっさにそう考えました。
 羅生門の二階には鬼がすんでいると、前から言い伝えられているのです。
 そのとき、びわの音がぴたりととまりました。
 博雅はおどろいて、二階の方を見ました。
 するとまた、びわの音が流れてきました。
 博雅は勇気をふるって、声をかけました。
「そこで、びわをひいているのはどなたですか? 玄象がなくなったので、天皇さまはお探しになっておられます。今夜、わたしが清涼殿(せいりょうでん)におりましたところ、南の方で玄象の音がしました。そこで、ここまで探しにきたのです」
 博雅がこう呼びかけると、再びびわの音はとまり、そして二階の方から、カタコトと音がしてきました。
 博雅が見あげると、何か天井から下ろされてくるものがあります。
(なんだろう?)
と、博雅が見ていると、それはつなにつるされた、びわではありませんか。
「あ、玄象だ」
 博雅はふるえる手で、玄象にだきつくようにして、つなをほどきましだ。
 そして、羅生門から走り去りました。
 宮中に帰った博雅は、さっそく天皇に差し出しました。
 天皇はとても喜んで、博雅からその時の様子を詳しく聞くと、
「羅生門にあったというのか。それでは、わからなかったはずだ。羅生門なら、盗んだのは鬼であろう。あれほど厳重にしまっている名器が、人間に盗めるはずが無い」
 これを聞いた人たちは、
「さすがに、びわの名人だ」
と、いって、博雅の手がらをほめたたえました。
 この玄象は、それからも宮中の宝物として、大切につたえられたということです。
 さて、この玄象にまつわる不思議な話は他にもあり、下手な人がひくと、びわが腹をたてるのか、どうしてもならなかったといいます。
 そしていつのころか、宮中に火事があったときのことです。
 ついうっかりして、玄象を持ち出すのがおくれてしまいました。
 みんなはてっきり焼けてしまったかと心配していましたが、この玄象は一人で庭に出てきて、火事から逃れたとも言われています。

おしまい

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