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2008年 12月5日の新作昔話

なごのわたり

なごのわたり
三重県の民話三重県情報

 むかしむかし、なごという浜辺では、沢山の漁師たちが住んでいました。
 ですが近頃はどの漁師も魚が思うようにとれず、とても困っていました。
 そんなある日の夕方、海が黄金色の夕陽に輝く浜辺を、一人の女の子が歩いていました。
 このあたりでは見かけない女の子なので、親切な漁師がたずねました。
「娘さん、どこから来たのだ?」
「・・・・・・」
「名前は?」
「・・・・・・」
「親はどこ行った?」
「・・・・・・」
 女の子は何を聞いても、星のようなかわいらしい瞳で見つめるだけです。
 漁師は、何かわけがあるのだろうと思い、
「まあとにかく、今夜はうちに泊まれや。女の子が一人で夜の浜辺で過ごすのは、体によくねえからな」
と、家に連れて帰りました。
 おかみさんもやさしい人で、どこの女の子かわからないけれど、あたたかいご飯を食べさせて、自分のふとんに寝かせてあげました。
 次の日、漁師が舟に乗って海に出ると、不思議なことに魚がどんどん集まって来て、舟が沈みそうなほどの大漁となりました。
「なんで、お前のところばかり魚がくるんだ?」
 不思議がる仲間に、漁師は、
「そうさな、思いあたることといったら、浜辺で見つけた女の子が家に泊まったからかな?」
と、話しました。
 すると仲間の漁師たちは、
「そんなら、うちにも泊まってくれ」
「うちもだ!」
と、順番に女の子を家へよぶことにしました。
 女の子はどこの家へ行っても相変わらず無口で、自分の事は話しません。
 けれど女の子が泊まった翌日には、きまってその家の舟は大漁でした。
 女の子は漁師たちにとても大切にされて、『竜宮さま』と呼ばれるようになりました。
「女の子が来てくれたおかげで、村が豊かになった」
「そうじゃ。女の子がいてくださるから、もう安心じゃ」
 村人たちはそう言って、女の子に手を合わせました。
 でも女の子はちっとも偉そうになどせず、いつも物静かにくらしていました。
 女の子のおかげで村はすっかり豊かになったというのに、たった一人おもしろく思っていない漁師がいました。
 この漁師はろくに漁にも出ないで、毎日酒ばかり飲んでいます。
 そして酒がはいるとけんかをするので、仲間の漁師に嫌がられていたのです。
 ほかの漁師たちが女の子を竜宮さまと呼び、順番で大漁になるのを横目で見て、
「ふん、なにが竜宮さまだ。たまたま魚が集まって来ただけなのによ。馬鹿馬鹿しい」
と、言って、ますます酒におぼれる毎日でした。
 あるとき、酔っぱらった酒飲み漁師は、浜辺を歩いていた女の子を捕まえるといきなりこう言いました。
「本物の竜宮さまなら、海の上を歩いてみな」
 すると女の子はにっこり笑って、海の方へ歩いて行きました。
 そして波の上を雲をふむように、ゆっくりゆっくり進んで行ったのです。
 遠くで魚をとっていた漁師たちは、波の上を渡っていく女の子を見て驚きました。
「竜宮さまー、どこにも行かねえでくだせえ、この村に、いつまでもいてくだせえ」
 女の子はやさしくほほ笑んで、首を横にふりました。
 そして、はじめてしゃべったのです。
「いいえ、私はもう帰ります。村の皆さんには、大変お世話になりました。このご恩は、けっして忘れません」
 その声は、届くはずのない沖の舟にいる漁師の耳にも、はっきりと聞こえました。
 そして女の子は静かに海を歩いて行き、やがて姿を消してしまいました。
 女の子は、それから二度と姿を現しませんでした。
 けれど、なごの浜辺では、それからも大漁が続いたということです。

おしまい

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