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6月10日の世界の昔話
  
  
  
  ヘビの魔法
  タンザニアの昔話 → タンザニアの国情報
 むかしむかし、にいさんと妹の、二人のきょうだいがいました。
   にいさんはいじわるで、とてもよくばりでしたが、妹は美しくて気のやさしい娘でした。
   お父さんが死ぬと、にいさんはお父さんのお金や持ちものを、みんな自分一人のものにしてしまいました。
   妹には、たった一つぶのトウモロコシさえ、わけてやらなかったのです。
   しかたなく妹は、ヘやのすみにのこっていた、たった一つのカボチャのタネをうら庭にうえて、だいじにそだてました。
   カボチャは、じきに大きくなり、まいにち、まいにち、おいしい実がいくつもできました。
   妹は、そのカボチャを売って、なんとかくらしていました。
   ある日、にいさんが妹の家にやってきました。
  「おい、カボチャ畑はどこだ」
  「あら、にいさん。うら庭ですよ。でもにいさん、カボチャを見てどうするんです?」
  と、妹が聞きました。
  「根こそぎ、ぬいてやるのさ。こんなすばらしいカボチャは、おまえには、もったいない」
   妹はにいさんのあとを追って、いそいでカボチャ畑へいきました。
   にいさんはナイフをつかんで、いまにもカボチャのくきをきろうとしています。
  「おねがいです。これがなかったら、あたしはくらしていけないんです!」
   妹はカボチャのきられないよう、くきを手でしっかりとにぎりました。
  「ふん! 関係ないね!」
   にいさんはかまわず、カボチャのつるといっしょに、妹の右手をきりおとしてしまいました。
   右手をきりおとされた妹は、ワッと、なきだすと、むちゅうで森へにげていきました。
   それから、けものにおそわれないように木にのぼって、シクシクとなきつづけました。
   なみだがほおをつたって、あとからあとからながれました。
   そこへ、よその国の王子が、狩りをするためにここを通りかかりました。
  「ここでしばらく休んでいこう。ひと休みしてから、また狩りをつづけよう」
  と、いって、王子は右手のない娘がないている、木の下に腰をおろしました。
   娘のなみだが、ポトンと、王子のほおにあたりました。
  「おや、雨かな?」
   けれども空は青くすんでいて、雲ひとつ見えません。
   ポトンと、もうひとしずくおちて、王子のほおをぬらしました。
  「これはふしぎ。きっと、この木の上になにかがいるんだな」
   王子は木にのぼって、右手のない娘を見つけました。
   その娘があまりにも美しいので、王子はすぐに好きになりました。
   そして、お嫁さんにしようと思いました。
  「さあ、もうこわがることはないよ。行くところがないのなら、ぼくのお城へきなさい」
   王子は大きなきれに娘をつつんで、お城ヘ帰りました。
   お城では、王さまもおきさきさまも、美しい娘が気にいりました。
   やがて王子と右手のない娘は結婚して、お城でたのしくくらしました。
   国じゅうの人が、美しくて、わかいおきさきをほめました。
   それといっしょに、わかいおきさきには右手がないといううわさが、国じゅうにひろがりました。
   王子とわかいおきさきには、かわいらしい男の子が生まれました。
   王子とわかいおきさきは、ますますしあわせでした。
   ところがまもなく、王子は遠い地方をおさめるために、ながい旅にでかけることになりました。
   わかいおきさきは、赤ちゃんといっしょにお城にのこりました。
   ちょうどそのころ、お城のある町へ、よその国の男がやってきました。
   その男というのは、わかいおきさきのにいさんだったのです。
   にいさんは、ちっとも働かなかったので、お父さんからもらったお金も持ちものも、すっかりつかいきってしまっていました。
   そして、あっちの村、こっちの町と歩きまわっては、人をだましてお金をとっていたのでした。
   お城の近くにきたにいさんは、わかいおきさきには右手がないといううわさを聞きました。
   そして、王子が旅にでていることをたしかめると、
  「こいつはしめた。そのわかいおきさきというのは、妹のやつにちがいない。こりゃあ、運がいいぞ」
  と、つぶやいて、お城へでかけていきました。
  「王さま、おきさきさま。わたくしは王子さまを、おすくいしにまいりました」
  と、にいさんはいいました。
  「わかいおきさきになられたかたは魔女(まじょ)です。わたしの国で六度も結婚して、六度も夫をころした女です。王子さまも旅からお帰りになれば、きっと、このおそろしい魔女にころされてしまいます。早くわかいおきさきをころしてしまうほうが、よろしゅうございます」
  と、さも、ほんとうらしくはなしました。
   王さまも、おきさきさまも、はじめは信じようとしませんでしたが、でも、にいさんがくりかえし、くりかえしいいますので、とうとう、わかいおきさきをおそろしい魔女だと思いこんでしまったのです。
   そこで王さまとおきさきさまは兵士にいいつけて、わかいおきさきと赤ちゃんを森へ追いだしてしまいました。
   そして、
  「王子が帰ったら、わかいおきさきは死んだと、いいましょう」
  と、いって、からっぽのお墓を二つつくりました。
   にいさんは王さまをだまして、お金をたくさんもらうと、お城のそばに大きな家をたてました。
   お城から追い出された右手のないわかいおきさきは、ツボを一つ持ったまま、あてもなく森をさまよい歩きました。
  「ああ、これから、どうしたらいいのかしら?」
  と、わかいおきさきは草の上にすわって、ふかいためいきをつきました。
   すると、そばの草むらからヘビがでてきていいました。
  「たすけてください。あなたのツボにかくしてください。追いかけられているんです」
   わかいおきさきは、ツボをころがしてやりました。
   ヘビは、ツボのおくにとぐろをまくと、
  「日の光から、ぼくをまもってください。そのかわり、あなたを雨からまもりますから」
  と、わけのわからないことをいいました。
   わかいおきさきが聞きかえすひまもなく、もう一ぴきのヘビがあらわれました。
   そして、
  「おれのなかまを、見かけなかったかね?」
  と、たずねました。
  「あっちへ、いきましたよ」
   わかいおきさきは、森のおくを指さしていいました。
   すると、あとからでてきたヘビは、木のあいだをすべりぬけて、いってしまいました。
   ツボのなかのヘビが、ツボからでてきていいました。
  「ありがとうございます。ご恩はけっしてわすれません。でも、どうしてこんなところにいるのですか?」
   そこでわかいおきさきは、いままでのことを、のこらずヘビにはなしました。
   するとヘビは、
  「ぼくの国へいらっしゃい。ちょっと遠いですが、しんぼうしてください。ぼくを日の光からまもってくださったら、あなたを雨からまもります。きっと、ご恩がえしをいたします」
  と、いいました。
   わかいおきさきは赤ん坊をだいて、ヘビのあとから歩いていきました。
   やがて、広い湖につきました。
  「ここで、しばらく休みましょう。水をあびていらっしゃい。ぼくはここでひとねむりします」
  と、ヘビがいいました。
   湖の水はすきとおっていて、とてもきれいだったので、わかいおきさきは子どものからだをあらいました。
   気持ちがいいのか、子どもは手足をバタバタさせて喜びます。
   ところが、あんまりあばれたので、あっというまに、わかいおきさきの左手からすべりおちて、湖のそこにしずんでしまいました。
   そのとたん、すきとおっていた湖の水が黒くにごりました。
   わかいおきさきは腰まで水につかって、左手でさがしましたが、どんなにさがしても子どもは見つかりません。
   わかいおきさきは、なみだをふこうともしないで、ヨロヨロとヘビのそばに近よりました。
  「どっちの手で、さがしたのですか?」
  と、ヘビがたずねました。
  「まあ、左手にきまっているじゃありませんか。右手は手首までしかないんですから、子どもをつかまえられませんもの」
  「では、右手も水につけなさい。きっと、お子さんが見つかりますよ」
   ヘビにいわれて、わかいおきさきは湖にもどりました。
   腰をかがめて、右手と左手を水につけました。
   すると、子どもが両手のあいだにスルリとはいりました。
   わかいおきさきは大喜びで、子どもをだきあげました。
   子どもは、キャッキャッ! と、声をあげて笑います。
   まだ、おぼれていなかったのです。
   わかいおきさきは、子どもをなんどもなんどもだきしめました。
   そのうちに、ふと右手を見ました。
  「あら!」
   わかいおきさきは、ビックリ。
   右手がいつのまにか、ちゃんともとどおりになおっているではありませんか。
  「まあ、うれしい。ヘビさん、ありがとう」
   わかいおきさきは、おどりあがって喜びました。
  「さあ、でかけましょう。ヘビの国の父と母は、ぼくをたすけてくださったあなたにお礼をいうでしょう」
  「まあ、お礼なら、もうたっぷりいただいたわ。子どもをたすけてくださったし、右手もなおしてくださったし」
  「いいえ、『日の光からまもってくださったら、あなたを雨からまもります』って、いいましたね。まだそのやくそくを、はたしてないのです」
  と、ヘビがいいました。
   ながいながい旅をして、やっとヘビ王国につきました。
   わかいおきさきを案内してきたのは、ヘビ王国の王子だったのです。
   ヘビの王さまとおきさきさまは、わかいおきさきとその子どもを、あつくもてなしてくれました。
   二人はヘビ王国で、たのしいまいにちを送りました。
   何ヶ月もすぎて、わかいおきさきは、そろそろ人間の国ヘ帰らなければならないと思いました。
  「おや、もうお帰りですか? おなごりおしいですね。父と母が、きっといろいろなおみやげをさしあげるでしょう。でも、けっしてそれをうけとってはいけません。父からは指輪を、母からは小箱をもらってください」
  と、ヘビの王子が教えました。
   わかいおきさきがヘビの王さまとおきさきのところへ、おわかれのあいさつにいくと、二人は金や銀や宝石を、わかいおきさきの前につみあげました。
  「ありがとうございます。でも、こんなにたくさんおみやげをいただいても、わたくし一人では持ってまいれません。王さまからは指輪を、おきさきさまからは小箱を、いただきとうございます」
  と、わかいおきさきがいいました。
  「おや? 息子が話したのですね。いいですとも。あなたは息子の命をすくってくださったのですから」
  と、いって、ヘビの王さまは指輪をくれました。
  「なにか食べ物がいりようでしたら、この指輪にいってください。きっと、お役にたちますよ」
   するとヘビのおきさきが、小箱をとりだして、
  「きるものや家がほしかったら、この小箱にいってください。きっと、のぞみがかなえられますよ」
  と、いいました。
   わかいおきさきは、なんどもお礼をいって、指輪を指にはめ、小箱をふところにかくしました。
   子どもをだいてヘビ王国をでたわかいおきさきは、お城を追われたときとは見ちがえるほど、いきいきとしていました。
   わかいおきさきは、王子とくらしたお城をめざして歩いていきました。
   ちょうどそのころ、王子はながい旅からお城へもどったところでした。
   そして、わかいおきさきも子どもも、死んでしまったと聞かされた王子は、
  「ああ、わたしさえ旅にでなかったら、死んだりはしなかっただろうに」
  と、いって、悲しみました。
   王子は朝から晩までなにもたべずに、わかいおきさきと子どもの名をよんで、ヘやにとじこもったきりでした。
   王さまとおきさきさまは、王子が死んでしまうのではないかと心配しました。
   ある日の朝早く、王子はつめたい空気をすってみようと、まどをあけました。
   するとむこうに、見たことのない、りっぱな家が見えました。
  (あれは、だれの家だろう? あんなに大きな家に住んでいるのなら、きっと金持ちにちがいない)
   王子は、めしつかいにたずねました。
  「王子さま、わたくしもきのう、はじめて気がついたのでございます。人のうわさでは、美しい女の人と子どもが、百人のめしつかいとくらしているそうでございます」
  と、めしつかいがいいました。
  「今夜、あの家へいってみよう」
   王子が外へでかける気になったと聞いて、王さまもおきさきさまも、ホッとしました。
   太陽がしずんで、すずしい風がふきはじめたとき、王子は新しくたった家に、でかけていきました。
   王子のあとには、王さまとおきさきさまがつづきました。
   そのうしろには、大臣たちが行列をつくりました。
   新しい家というのは、わかいおきさきが小箱にたのんでつくってもらった家だったのです。
   行列の足音を聞いて、わかいおきさきはまどのそばにかけよりました。
   王子たちがくるのを見ると、こんどは指輪にたのんで、ごちそうの用意をしました。
   わかいおきさきは、王子たちを玄関にでむかえました。
   王子は、わかいおきさきを見て、夢かとばかり喜びました。
  「おお、生きていてくれたのか! いったい、どこにいたのだ?」
  と、王子がたずねました。
   わかいおきさきは、お城を追われてからのできごとを、ありのままはなしました。
  「だがどうして、城から追いだされたのだ?」
  と、王子がふたたびたずねました。
   すると王さまとおきさきさまが、はずかしそうに、
  「よその国の男がきて、わかいおきさきを、おそろしい魔女だといったので」
  と、いって、うつむいてしまいました。
   わかいおきさきには、その男はにいさんだということが、すぐにわかりました。
   わかいおきさきがすがたを消したのは、わるいにいさんのためだったということが、国じゅうに知れわたりました。
   いじわるで、うそつきで、欲ばりのにいさんは、すぐさま国を追いだされました。
   それからというもの、わかいおきさきはだれにもじゃまされずに、王子と子どもと三人で、しあわせにくらしました。
   その国には、いまでも、『ヘビをころしては、いけない』というきまりが、あるそうです。
おしまい